平成16年1月28日 東孝
当初は1月15日―23日のギリシャ遠征記を書くつもりでいた。ところが、18日にギリシャ北部の町でセミナーが大盛況のうちに無事終わった安心感からか、打ち上げ後の心地よい体の熱(ほて)りに任せてベッドに倒れこんで、夜中にゾクッと寒気がして気付いたら、部屋には暖房が入っていなかった!?いくら日本よりは暖かいとはいえ冬には違いない、アテネまでの電車の中ではビタミンCの錠剤をしこたまミネラルで溶かして飲んだが既に手遅れ。4時間の電車がアテネにつく頃にはブルブル震えが来、ホテルに着くなりバタンキューだった。
数年前に、古代オリンピック競技であった"パンクーション"と言う総合格闘技を、今年、2004年のアテネ・オリンピックに復活させようという運動があった。そのルールには大道塾のルールが最適だとなりポイント制に変換するために、私は机上の作業や試行錯誤に2年間で2,000時間ほど費やした。そのために大道塾の世界大会が1年延期になったほどである。そんな訳でアテネには二度ほど来た事があった。主唱者が伝統派空手の出身で、結局、"空手界のお家芸"とでも言うべき"内部分裂"までも持込み、この運動は雲散霧消した。一時は貴重な費用と時間を無駄にしたと思ったものだったが、この集まりで第一回の世界大会参加国が5,6各国増えたのだから全くの徒労というわけでもなかった。
そんな経緯で一応の観光はしていたので、アテネ市内を歩き回れなくてもそう落胆はしなかった。ただ、同行した始めての寺本正之(弐段)、清水和磨(弐段)の両指導員には「ギリシャ側が案内はしてくれたが、余りコミュニケーションが取れず、何が何か分かりませんでした」とボヤかれた。ギリシャ側も「通常は最後の夜には日本レストランに招待してから、朝までカラオケパーティーだ」と振っていたので残念そうだった。ご免!来年の世界大会では嫌になるほど飲ませるから勘弁なー。(余談として、帰り道に感じたのだが、市内から空港までは漸く高速ができたが、市内は相変わらずの渋滞だった!あれではオリンピックが始まったなら大変な混雑になるだろうなー)
しかし申し訳なかったが、次の日の日本大使館と、雑誌社への表敬訪問までが限界だった。あそこで無理していつものように観光ガイドなどしていたなら日程通りでは帰って来れなかっただろう。とにかく汗が出るのに(一日10回は着替えた!)寒くて、頭が痛くて、吐き気がし、どんな病気や怪我でも食事をスキップするということのない私が、3日間何にも食べる気がしなかった。東南アジアからの帰途なら間違いなく成田泊まりだっただろう。道場に着いて鏡を見たなら骸骨みたいだった。体重はなんと現役の頃より低い82.5kgまで下がっていた。その日から再び病床の人!結局、その日を含め帰国後も1.5日寝たので、計3.5日間ほど寝込んだことになる。
そのうち一応は回復して机の前に座っているが、道場を開けていた間の仕事が山のように重なって、遠征記の方は完成がいつになるか分からないので、取り敢えず前振りの部分だけ独立させ、名付けて、「年頭に当たっての雑感」として年末年始に感じた諸々を。
数年前までは年末年始は我が家にとって、最も楽しい日々だった。やっと道場の行事も終わりに近づき、クリスマス、誕生日、年越し、元朝参りと、私も殆どの付き合いを断わって、普段あまり一緒にいることのない家族が一緒になっての、"我家"の行事は、ワイワイ大騒ぎで大変だった。今は逆にそれに触れないようにと互いに気を使う重苦しい日々になってしまった。
大人しくしていると寂しさが募るので、逆に付き合いが良過ぎるようになったこともあり、12月はなんと"忘年会"という名の飲み会を20回強やった。仕事柄、飲み始めるのが遅いからだが、この年になって、2時、3時(たまには4時、5時!)というのは結構疲れる。今年こそ心を入れ替えようと迎えた2004年、平成も16年目の新年。
通常、年末年始は27日から新年の7日辺りまで10日ほど道場は休みになる。「優雅だなー」と交ぜっ返す人もいるだろうが、この仕事は普段の週末の土日は必ず、何等かの行事が入っていて休みらしい休みは殆ど取れない。かといって立場上、週半ばに代休という訳にも行かない。その上、今の御時世、年末年始は審査も終ったし、寒いからと通う生徒も少なく(お盆中は暑いから、でもあるのだが)相手にしてくれる人がいないので(笑)、熊の冬眠宜しく引き篭もってしまう(?)という訳です。(現に今も、土日なしで、最近ようやく自覚するようになった"時差"と戦いながら出張中という次第です。ハイ)
「良いですね−、また、海外出張ですか−。楽しい事が一杯あるんでしょう」等とも良く言われる。聞こえが良い"海外出張"も、観光旅行ではなく仕事となると(当然空き時間に少しはあるが)、ましてや始めて会う人間の人間観察もしながら「半端でない金と、貴重な時間を掛けている以上、必ず成果をあげなくては」というセコイ(?)気持ちにもなるし、同行してきている若い連中を無事連れて帰らなければ、という責任をも背負っているので結構肩が凝るものです。
更に、今は人間の抗体が勝てない怖い病気(一部の皆さんが想像する"HIV"だけではなく、SARSにしろ、なんとかウィルスにしろ)があちこちにあり、浮かれてると大変な事になるので"息抜き"出来る事なんて殆どない。それでも始めて行く所なら、好きな"詮索好き"が嵩じてあれこれ夢想の世界にトリップするので良い時間潰しになるが、同じ所に2度3度となると、そういう目新しいものもなくなってくるので、仕事ばかりが残るから尚更、味気ない。
「現代の日本社会に生きる人間の"実年齢"は、精神的にも、肉体的にも昔の6掛け、7(なな)掛けだ」という話をどっかで読んだことがあり、成る程と思い当たる所もあり、審査や試合の時のビジネスマンクラスの人達にも言った事がある。確かに、一部の運動選手を除いては、いまどき普通に生活している多くの人々は昔に比べれば、そんなに肉体的に辛い仕事をするわけじゃない。過剰な労働時間の問題も、一応、労働基準法で守られており、一部のエリート層の"自主的な"それは別にして、一般的には、今は逆に懐かしがる傾向もあるほどで、高度成長の終焉と共に今はそう無茶なものはないだろう。
万が一(だ!)、どうしようもないくらいに疲れた時にしろ、疲労回復の知識や情報、中でも栄養面では、「こんなにあったなら、どれを選べば良いんだ?選択するだけでも疲れてしまうぞ!第一、こんなに飲んでいたなら今に人間は不老不死になったり、空をも飛んでしまうんじゃないか?(笑)。そうなったら人はいつ休めば良いんだ。」と愚痴の一つもこぼしたくなる。それほどサプリメントが出回っているので、昔ほど肉体的な疲労を持ち越すことも少ないだろう。かく言う私も"最高師範"に強制的に飲まされている、あるサプリメントのお蔭で、齢50にして週8時間の自分の練習や、指導でのノルマも概ね果たせているし、二日酔いも、一時ほどしなくなった。って余り適当な例とは言えないか。(笑)
その証拠に、平均寿命(※)を見てみると、アフリカの中の発展途上国などでは栄養どころか食糧そのものがない為に、この数字を最も左右する乳幼児の死亡率が高く、数字を一気に下げるから平均寿命40歳台という国も珍しくない。しかし当然、そんなことは幼児虐待でもない限り日本では殆どないし、一旦病気や怪我に掛っても上述の栄養知識の普及や医学の進歩で、成人の死亡率も年々下がってきているから、平均寿命は延びる一方だ。今、日本人の平均寿命は、男性が約78歳"、女性はなんと約85歳で、なんと2050年には90歳を越えるだろうとすら言われている。!
※ 平均寿命:今○○歳の人間達があと何年生きるかの平均年数が"平均余命"で、従って、"平均寿命"とは、零歳児の平均余命(零歳児があと何年生きれるか)をいう。
私達が物心ついた小学生の頃(昭和30年代)は、平均寿命が60歳未満だったから、50歳の大人なんて、殆ど"お爺さん"、"お婆さん"だった。それが、今年55歳になる私に、人生があと25年も残ってる(大変だ、どうしよう!)などとなると、とても"お爺さん"をしてる訳には行かない。上の「6掛け、7掛け論」で行くと、55歳はまだ30歳代前半(33歳)か、多目に見ても40歳台にもなっていない(38.5歳!)計算になるのだ。ま、これは単純な計算上の数字で、結構内外(内臓、筋肉、骨)ともにムチャをさせているので、私はそんなには、と思っているが「憎まれっ子世に憚る」という事もあるから、安心(?)は出来ない。その上、若い連中や、年齢的にはそうでなくても、私と同じように"精神的に若い人達"を相手にしているので、勢い気持ちも若いから余計始末が悪い(?)。かくて今だに精神的には30歳台から成長していない。
仕事柄、立派な社会人のように「主に首から上を使う」のではなく、主に首から下を使って"本物"の20歳代、30歳台の"肉体"を相手に、「今のは良いタイミングで入ったのになー、クソー!俺も力が落ちたかー」等と相も変わらず成長していないことを言ってるので、体のそっちこっちのパーツが緩んで来てるのを嫌でも自覚する。「気持ちは馬鹿く(!)ても、早晩、傷みが出てくるだろう。ワケー連中にも『我々が担ぐので、塾長は神棚に鎮座ましまして下さい、』などとも言われているしなー、そろそろ"大人しく"するようかなー。(と、年の初めには毎年殊勝に思うのだが…。)
今は土日出勤した場合でも、外回りの仕事と組み合わせて普段より早目に上がったりして中途半端に調整しているが、そろそろ堂々と"代休権獲得闘争"宣言でもして、一日中ゴロ寝という夢の"代休"を取っても罰は当たらないだろうなー(笑)
始めから大きく脱線したが、穏やかというか、異常に暖かい年末年始、なんかこんなに暖かいのは大きな地震がドカーンと来る予兆じゃないかと思っていたなら、天変地異ではなかったが、案の定、なんやかやのドタバタであっという間に過ごしてしまった。いつもはあと何日、あと何日と徐々に気分を高めながら、「又、行事、行事で追い捲られる毎日が始まるんだな−、しかし、言い出しっぺだもの、しょうがねー、今年もやっかー!」という諦めにも似た覚悟で迎える年始めなのだが、今年はそんな儀式もないままに始まってしまった。
8日から道場再開。翌9日の金曜日。通常、何も野暮用がなければ基本、技研と、立ち技までは自分で出来る日だ。(性分から見るだけでは済まないので、その後の組み技、寝技は若い連中に任せている。結構"行ける口"(?)だと思うが、これ以上膝と腰を悪化させ、本当の"老後"に、日常生活すら侭ならなくなたりしてはカッコ悪いとの危惧もある)。
特に今回の金曜日は稽古再開2日目で、年が改まった当初の1〜2週間位は「今年こそ!」という気持ちで参加する塾生が多いので(笑)、相手に不足しなかった。暮れの19日以来久し振りの"丁々発止"を味わった、良いもんだな−(って、これは殆ど病気だ。)続いて10日の土曜日はビジネスマンクラスの新年会。汗を流してからでなければビールも旨くないし、上手い具合に仕事の区切りが出来たのでとこれ又、技研。良い年明けだ。
案の定、次の日曜日は年初めだけあってさすがに何も行事はない。しかし、急に始まった内外(前述注)の"激戦"に午前中、胃はもたれ、頭はボーっとし、体はガチガチといった状態。撮り溜めしておいた老後の楽しみ、我家と大道塾の貴重なビデオ記録を劣化しない内にと始めたDVDへの変換。3時間ほどし、昼飯のあともと思っていたのに、「休みだし、まだ松の内だ」との一杯で食欲を刺激したならついウトウトしてしまった。しかし、これは普段では出来ない本当に気持ち良ぃ―いもので、正に「桃源郷に遊ぶ」というやつだ。
やっと午後3時半過ぎに、TVの予告スポットも興味を呼び起こした話題作「ミスティック・リバー」を見に行く元気が出て来た。確かに、芸達者が揃ってる。知恵遅れの親が、裁判所と子供の親権を巡って争う「アイアム・サム」で味のある演技をしたショーンペン。無実の罪で収監された銀行家が、20年もの苦悩の歳月の中で逞しさ得、遂に脱走するまでの日々を描いた「ショーシャンクの下で」で感動の演技を見せた、ティム・ロビンス。(顔は覚えているが余りあの映画というほど、私には印象のないケビン・ベーコンも、自分を開けずに妻と別居中の刑事というという、屈折した役どころを良く演じている) 監督が「荒野の用心棒」、「ダーティハリー」などで役者として、「恐怖のメロディー」からの監督としても、遂にはアカデミー作品、監督賞をも得た「許されざる者」など世界の映画界に不動の地位を占めているクリント・イーストウッド。などなど、と陣容は錚々足るものだ。ところが。
前半は無色な少年の日々の友情に別れを告げた、重苦しい"出来事"とその後の各々の人生。同時に進む緊迫感のあるストーリー。久々にコリャ−良い映画だ、と思って見ていた。ところが後半。唯我独尊、真実だとか、相手の人格、人生などにはお構いなしに、自分達の正義で良いとの、現今のアメリカ政治にも繋がるような展開は、開拓者時代から大して変わっていない「力が全て」のアメリカの本音を見た気がし、白けてしまった。始めからピカレスク(悪漢)映画と思ってみているのならそう割り切っても見るが…。
たかが映画という言い方もあり、野暮をいう積もりはないが、あんな結末を見た子供達は何か犯罪者にも深いもの(信念?)があるように見えカッコイイとさえ思うんじゃないか?こんなことを言うと、お定まりの様に、「あんなのを見たからと言って皆が同じ事をするわけじゃない」などとしたり顔で言う人間の顔が浮かぶが、実際にアメリカの凶悪犯罪 (映画や、小説のストーリーをなぞっての事件、いわゆる"コピーキャッツ"をも含めて) が他国に比べて、ダントツに多い事は紛れもない事実なのだ。あれじゃー、アメリカの犯罪が増え続けるのも当たり前だと改めて思った。しかもこの映画が、日本で絶賛されているのだから、俺には付いて行けない日本が出来つつあるのだろうか?とも。
12日。成人式。自分が20歳の時には仙台で新聞専売所に住み込んで、竜馬に憑かれて天下を獲るとの誇大妄想と、しかし、その筋道の一端さえも見付けられず悶々とし、「この先、俺の人生はどうなるんだ?」との不安と戦っていた頃だから、成人式ところではなかった。その後、このままでは埒が明かない、転進(上手い言葉だ!)するしかないと"韓信の股くぐり"の心境で入った自衛隊で集団成人式をして貰ったが、なんか他人事の、そんな成人式だった。
そんな思い出とも言えないような記憶がある"成人式"に30数年ぶりで出くわした。テレビや新聞の報道で昔とは違うとは聞いていたが、今の成人式に参加する子供達(成人なのに?)の立ち居振舞いには、凄いなーを通り越して、ただただ、クチをあんぐりさせるしかなかった。勿論、一部ではあろうが(当然だ!あんなのが普通ならとっくに日本は終っている−いや、実際終ってるのに気付いていないだけなのかも)、男は頭も羽織袴も色とりどりのヤンキーかチンピラ風。でなけば、真面目っぽいが、ひ弱そうに背中を丸めて女の子に付いて行く感じの、自信無げなのばっかり目に付く。かと思うと、厚化粧と威風堂々と辺りを払わんばかりで、到底20歳には思えない、タバコぷかぷかの"オネーちゃん風"。ウチの子供にはしょっちゅう、可愛げがないだの、言葉遣いが悪い等と怒鳴りまくっているが、あれを見るとまだマシに見えるからコワイ。一体、この国はどうなってしまったのか?
私は決して右翼ではないし、人並み以上に愛国者でもないと思うが、かつてこの国に、自分の愛する人や家族、ひいては生まれ育ったこの国を守る為に自分の身を犠牲にした、彼等と同じ年代の若者がいた事、そして彼等は自分たちの末裔にこんな成人式をさせる為に死んだのではなかろうにと考える時、一人前になったことの自覚と地域社会へ宣言、育ててもらった親への感謝を表明する為のものだったはずの"成人式"のこの惨状を、彼等になんと説明すれば良いのだろうと思ってしまう。別に私に今流行りの、"説明責任"があるわけではないが・・・・。日本はこんな国になってしまったんだな−、誰がこんな国にしたんだ?と改めて考えてしまった。
考えてみれば昭和20年(1945年)の敗戦。日本弱体化を狙ったアメリカ(GHQ)の方策や、ソ連の共産主義思想に影響され、日本の歴史の全てを否定するような"反日教育"をし、自由と自主という名の"放任教育"をし、結果、"義務"を果たさないで"権利"ばかりを主張し、机上の勉強ばかりで、礼儀や、人間関係を身に付けていない、屁理屈だけは10人分の、我々団塊の世代を育てたのは、敗戦の自身喪失から立ち直れなかった、我々の親の世代ではあるのだろう。
それでも戦後直ぐにはまだ、地域社会の教育力が根強く残っていたから、地方で教育を受けた者達への影響もまだ表面的なものだったのだろう。しかし、戦後が遠くなるにつれて、また、都市部の子供達や、成績が良くて都市部の上級学校、中でもいわゆる"良い大学"に進んだ者達は、その影響をより強く受けて反権力、反体制運動が流行の最先端のようになって全国を覆った。(私も、もう一歩でその運動に巻き込まれるところだった!幸か不幸か家に金がなくすんなり大学に進まなかったからそうはならなかったが)
その結果、皮肉にも、自分達を教育してくれた教師を軽蔑し、学校を信じなくなり、全ての権威、秩序の破壊へと向い、学園紛争、大学紛争へとつながっていった。結局、現実に根を下ろさない空理、空論に行き詰まり、最後は破綻すべくして破綻したのだが、その者達は、今度は当時"でも・しか先生(教師にでもなろうか)、(教師にしかなれない)"と小馬鹿にされていて、なりやすかった教育界や、基本的に自由が建前のマスコミ界に入り、年長者が「反動」とレッテルされたくなくて何も言えないのに乗じ、一層その風潮を助長した。
しかし、「犯罪に走ったのは貧乏だったから」として免罪されないと同じ理屈で、その"戦後(反日)教育"をマトモに受けた我々にせよ、成人し自分の判断力を持ち「今の教育はどこかおかしいな」と思いながらも、自分達も受けた教育を否定したくないが故に、尻馬に乗ったり、逆にそれらには目を背け、目先の経済的発展にだけに関心を集中させ、学校崩壊、教育崩壊を座視して来たのは事実だ。そのツケがどうしようもない所まで来てしまったのが、我々の子供の世代なのだ。見事なまでに教育の"デフレスパイラル"が完成した、というのが今の教育界の有様だろう。
これは"憂国"からだけ言うのでは決してない。加減乗除(損得勘定?)に汲々として来た団塊の世代の性(さが)で言うなれば、上述した我々の今後の長い老後にも繋がってくる問題だ。その一例が、今騒がれている年金問題だが、年金をいくら貰えるか?どころか、上の世代を敬う事を教えられないで育った彼等とは、既にマンガや映画で描かれているが、このまま行けばいずれ"世代間闘争"にすらなるだろう。自業自得といえばそれまでだが。
ここに来て漸く日本社会はその事態の容易ならざるに気付き始めた。
以前も触れた事があったが、数年前に"積めこみ教育"を避け個人の価値や、子供の自主性を重んじる"ゆとり教育"なるものが提唱された時、「学校秀才であった、教育官僚による絵に書いた餅だ。物事の判断力もない小学生に手本や、憧れとなるものを示さないで、自主性や、判断力の獲得は不可能であり、自由主義の行き過ぎで単に"放任"に他ならない。とんでもない事が始まった。
いずれその過ちが指摘されるだろうが、それまでは一旦、国の方針として決まった以上当分続くだろう。その為にもそれを補完するものとして我々の民間の"道場"が体を通した教育をしなければ」と書いたが、"自主性"に任せた弊害で子供達の極端な学力不足が早々と明らかになり、今、小学校では基礎学力の回復に躍起となっている。又、道徳の時間なども増やして情操教育にも力を入れるのだそうだ。
改めて声を挙げたい。いくら学力や、道徳教育に力を入れたとしても、それでは以前この教育改悪を進めた、知識としての言葉(道徳も)だけは豊富に知っていて、頭でっかちで口が達者な、人間の機微を知らない、今の官僚のような人間を育てるだけだ。最も大事なしかし優等生の官僚からは決して生まれてこない視点が抜け落ちている。それは、子供の教育には言葉で(知識教育)と同じ位の比重をもって、実際に体を動かす"体育"や、情操教育(音楽、美術など)が必要だ、という点だ。
音楽や、美術の情操教育には門外漢だとしても、体育では一言言いたい。それは子供には一般的なスポーツと平行して特に、大人と子供の違いがわかり易いような"武道"を必ずさせるべきだ、という事だ。なぜか?子供に武道をさせることは、一般的なスポーツをさせるよりは確実に円満な心身を発達させることが出来るからだ。漠然とは感じていると思うが、子供はなぜ武道をすることで言動が良くなるのか?武道は躾が厳しいからか?それを言うなら今子供が最もやりたがるサッカーや、野球などのほうが、華やかな選手になりたいが故に厳しい練習にも耐えるだろうし、コーチや監督の強制力も大きいだろう。
"スポーツ"は一般的に心・技・体とよく言われる。そして、野球や、卓球、水泳等も武道と同じで、体を動かしながら心・技・体をバランスよく発達させ、かつ人間関係を学ぶという意味ではすばらしい運動だ。また中には、技術や、精神(駆け引きなど)では大人を凌駕する子供すらも出て来る。しかし、武道と違い、これらの子供スポーツは実力が付けば付くほど扱い難くなるということも良く言われる。だが、武道には本来華やかさは余りないので、選手になれるからという意味での強制力や、求心力も余りないのに余りそういう話は聞かない。この違いはなぜなのか?
それは初めは親に勧められて渋々武道を始めた子供でも、やっているうちに、人間が本能的に持っている"生(動)物としての防衛本能"に目覚め「(弱いよりは」強くありたい!」と思い始め、華やかさ故ではなく、簡単には止められない魅力があるからだ。そして、もう一方では、技を覚えるのは子供同士だとしても、野球やサッカーと違い基本がゲームではなく防衛(攻撃?)だとなれば、相手は子供同士だけではなく大人までをも含む。そして大人と子供が競う時、"体"を土台として競うことになる武道の世界では、子供は殆ど絶対的に大人には勝てない。子供が天狗になれる要素は極めて限定的だからだ。
また、一般的に言って、武道をする大人も自制、摂生ということが習い性となっているから、日常行動においても、していない大人よりは子供を失望させることは少ないだろう。そんな理由から、子供は社会の中での、子供としての自分の立場を自覚し、謙虚さ、素直さ、目上を敬うことを覚え、自然と大人を尊敬、もしくは畏敬するようになるのだ。また、子供同士でもルールに則り体をぶつけ合う中から、暴力の衝動をコントロールする習慣が身に付き、他の仲間との話し方、接し方等も覚え、真の触れ合い("スキンシップ")が出来る"能力"が生まれる。このようにして獲得した知・情・意・体は子供のうちに養われると、習い性となって親子、友人の間に一生残る。
子供の頃から指導されたお陰で、今では親よりも遥かに大きな体躯を持った大選手となっても、親を尊敬し、立てて(アドバイスを受けて)いる大選手が武道界には沢山いる。師匠を師匠とも思わないような言動をする大横○が次々と出てくる相○界や、反逆、裏切りが欠かせないパフォーマンスにすらなっている格闘技界と比較した時、"武道"の持つ教育力の大きさを改めて強く訴えたい。前二者はいわば消費文化としての存在である。衆目を集める為には"異形(いぎょう)"、"反骨"であることは必要なのかもしれない。
しかし、外形的な"闘争"という点だけでそれらと一緒にされ、テレビ的に「理屈は良いからどっちが強いんだ?」と言った比較をされたのでは、「味噌も何とかも一緒にするな」という話しになるのではないか?時あたかも、イラク復興支援事業への海外派遣という形ではあるが、日本もやっと自らを守る軍を備えた"当たり前の国"として国際社会に立った以上、今まで以上に日本はどうあるべきなのか?を考えなければならない時だと思う。"どっちが強いでしょうゲ−ム"で、あたら体を壊している時ではないのだ!
※確かに、ここに至る経緯については様々な論がある。アメリカの言いなりだといえば残念ながらその通りだろう。だが、今の日本がアメリカの意向を無視して、独自で国際政治に参加出来るのかといえば、身の程知らずというものだろう。情けないが今の日本はそういう国なのだ。(ならば、この機会に一人一人が改めて、日本という国をこれからどう運営するのかを考える時にするしかないだろう。)
そう考えた時、映画や、テレビなどでの格闘ブーム、サムライブームで、ただ"武(士)道"の持つ意志力、戦闘力だけがクローズアップされているが、それ以前に、人材だけが資源といえる我が国で、知・情・意・体を備えた人間を育てる、人材育成法としての"武道"の面を改めて考える時だと、切に思う。
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