スリランカ・マレーシア作文

ジョセフ・マッカニー(総本部)
編集部注:ほぼ原文の日本語表記のまま記載しています。

押忍!日本語の文が間違っているまたは日本語の文がおかしいところがあるかもしれないので、あれば申し訳ございません。
今回初めて東塾長と佐藤繁樹先輩の3人で7月14日から21日までスリランカでのセミナーに行ってきました。色々あったスリランカと中継地クアルンプールですが、自分の人生の中でとてもいい勉強と思い出になりました。そしてとても強くて優しい佐藤繁樹先輩に会えてとても嬉しかったです。
自分がオーストラリアに転勤になってもう7ヶ月たちますが、その間総合格闘技のジムをみつけ週4、5回練習してきました。それで今回東先生が、英国の元領地であるスリランカでセミナーと試合をやることになったので通訳の手伝いと「自分の練習の成果」を試合で「試して見ろ」と先生にいわれました。私にこんないい経験をさせてくれるのはとてもうれしかったのですが、先生や大道塾を「Disappoint(失望・落胆)」させたくない気持ちの方が大きかったです。そこでジムのトレーナ3人に週三日「マンツーマン」でのシゴキをお願いしましたが、自分のミスで旅立つ一日前に足先に肘を食らって骨にひびがはいってしまいました(トレーナの指示を間違って「ワン・ツウ・ミドル」を疲れが出たせいか「ミドル」だけを蹴ってしまいました)。

パキッ!!
― ―! 痛っ!
 ―

最高師範(東塾長の奥様のことですが)に足のことをはなしたら怒られましたが、はげましてもくれました「あきらめないで頑張るのよ!」。自分が今回頑張らないと「もう二度とこんなチャンスがこない」と思いました、でもやはり心配は簡単に消えません。

東先生と佐藤先輩とは7月14日にクアルンプールで待ち合わせてから一緒にスリランカに行く予定でした。オーストラリアは意外と他の国からかなり離れていて、ニュージーランドも隣国ですが飛行機で三時間もかかります。スリランカはシドニーから約8時間半で東京より一時間以上飛行時間がながいです。シドニーはオーストラリアの南東にあるので、飛行時間の半分近くがオーストラリアを抜ける時間です。自分は寝ていました。

先生と先輩は中継地クアラルンプール空港に隣接する「パンパシフィック・ホテル」のレストランで合流し一緒に食事をしました。東先生とは7ヶ月ぶりの再会だったのですごく嬉しかったです。自分は佐藤先輩に初めてお会いしますが最初の印象はとても優しそうな方でした(先輩の強さは後から知らされました)。

話は飛びますが、今回の旅は「大道塾を世界に広める」だけでなく「世界のホテルのインターネット回線を直そう」といっても可笑しくないでしょう。東先生は空道や大道塾に関するメールが一日に平均50通から100通くるので、(かなり大変だと思いますが)毎日欠かさずメールのチェックをおこなっているので、クアルンプールのホテルの回線を使おうと思ったら壊れており修理まで一ヶ月以上かかると言われました
「これでも四つ星ホテルかい???」と思いましたが何とかホテルのフロントマネージャの机のネット回線を直してダイアルアップを使えるようにしました。(スリランカのホテルでも同じことがおこり、メールやインターネットのやり取りでかなり時間をつかった上に、インターネット回線で四分約百円近くとられました)

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PCと“格闘”する塾長(コメント:佐藤繁樹)

次の日は朝早く出発の予定だったのでメールを見たあと部屋に戻って寝ました。
15日早朝4時起床。クアルンプール国際空港では飛行機を待っている間に、ショップの上にラーメン屋(麺や)を発見したので先生と先輩と一緒にラーメンを食べてビール一杯飲みました。東先生は「遠征の有り難い所は誰にも遠慮しないで朝からビールが飲めるということだよな」と満足そうでした――いつもは遠慮しているのでしょうか?(東先生、失礼しました)

スリランカには午前10時50分無事つきましたが、びっくりしたのはクアルンプールとスリランカのイミグレ(入国審査)の優しさ(?いい加減さ――編集部注)でした。殆どチェックされず税関を通ることが出来ました。テロ事件が起きたアメリカとは大違いです。
クアルンプールからスリランカのコロンボ国際空港まで飛行時間は約四時間。無事に着いたのはいいのですが、飛行場にはだれも迎にきておらず先輩と二人で「本当に大会があるのかなー?」と心配しながらまっていました。2時間位してやっと迎にくるはずだったモヒディーン支部長と連絡がついたところ、なんと「夜の10時だと思っていた」との事!!東先生は前回のモロッコに次いでの出迎えなしにかなり頭にきている様子(あとでホテルで会うなり、「顔はかわいそうだからな」と胸を思いっきり殴っていました)

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待てど暮らせど(コメント:佐藤繁樹)

夜まで待つわけには行かないし、タクシーで来てくださいというので、すぐに空港の警官に紹介してもらったタクシーに乗って、目的地キャンディーに向かいました。(ちなみに飴はCandy、スリランカのキャンディーはKandy。スリランカ語で山と言う意味を持ちます)。
あとで聞くと、タクシーはモヒディーン支部長も手配したそうで「2重に払った」とこぼしていましたが、東先生は「そんなの知るか!」と怒っていました。

キャンディーはコロンボから車でちょうど3時間はなれていますが、その間の運転はひじょうに恐ろしく、チョッとでも隙間があれば無理やりクラクションをならして割り込み、人、牛、犬、他の見たこともない動物や車?(エンジンとタイヤをただくっつけた「マッドマックス」の映画に出て来そうな車も多かった!)をよけながら走って行きました。東先生は色んな国を旅してなれていたせいか寝ていましたが、自分と佐藤先輩は初めて見る景色から目がはなれませんでした。

キャンディーのホテルにはお昼の4時ごろつきました。スリランカでは日本語が評判で何十年もキャンディーで日本語の教師をしている、東塾長の知り合いの中岡先生にお会いしました。
とても犬好きで優しい方でした。ホテルのバーは窓に囲まれてとても景色がいい場所だったので皆一緒にビールを飲みました。スリランカではじめに飲んだビールはLIONビールです。

キャンディーは山に囲まれた標高5000メートルくらいのとてもきれいな町です。高地なので湿気が少なく、昼は気持ちがいい温かさでよるになると涼しくて本当にのんびりとした心地よい町でした。ホテルは山の上で周りをジャングルに囲まれていて、朝になると雲が山をおおっている様子がホテルから見下ろせます。また、街なかは別にして、夜は星がたくさん見られる場所です。猿や大トカゲ、ピンク色の鳥などがいて自分はこんなに自然に囲まれたのは初めてでした。

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ホテルの周囲に野生のサルが!(コメント:佐藤繁樹)

話をまた変えますが・・・スリランカのビールのランキング:
「LION」一般に飲まれているビール ★★★☆☆ 普通に美味しいビールです
「THREE COINS」スリランカの上級ビール ★★★★☆ あわ立ちもよくスムースに飲めるビールかなり美味しい
「CARLSBERG」デンマークのビールでスリランカでは高級ビール ★★★★☆  美味しいが「THREE COINS」のほうが美味しいと思った。
やっぱりローカルビールが一番だと思います。

モヒディーン支部長は夕方6時ごろ来て、皆で中華料理を食べに行きました。ホテルに戻った後、先輩と自分はかなり疲れており、東先生のお許しもあって部屋に戻って夜の10時ごろ寝てしまいました。

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中央モヒディーン支部長、中岡氏、佐藤、ジョセフ(コメント:佐藤繁樹)

大会の日

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朝練あと(コメント:佐藤繁樹)

大会は昼の3時の予定だったので、朝佐藤先輩と軽く食事をした後ホテルの芝生で軽くマスをやりました。自分はスーパーセーフでスパーリングをするのは7ヶ月ぶりだったので、試合前にスーパーセーフで練習が出来てほっとしました。

試合会場はキャンディーの女子高校の体育館で行われ、テレビ局二つに新聞社が五つきていました。開会式はかなりなもので東先生、佐藤先輩と私は花束をいただいた後、「High School Band」の演奏で会場を入場しました。試合が行われた体躯間では500名から800名の観客がきていました。(ちなみにスリランカ支部の生徒数は約500名だそうです。)先輩は「勝つぞー」と自身いっぱいでしたが、自分は「これは勝たないとやばいなー」と心配していました。その時シドニーのトレーナの言葉を思い出しました、「試合前に「負ける」と言う考えを持つやつは既に試合に負けている。」佐藤先輩を見習って自分も「自信を持って戦うぞー」と考えを見直しました。しかし試合が始まる直前に先輩と自分は思いがけないことを言われました。
「審判がいないから審判をやって下さい。」がーん!
先輩と自分は審判の景観がなかったため最初は抵抗ありましたが、審判をやっていく内に面白くなっていきました。東先生がずっと「HEAD JUDGE(主審)」を勤めました。40試合近く勤めた後(・・・3時間後)自分達の試合時間に近づいていたのでウォーミングアップ時間を10分くれました。佐藤先輩と私の審判を見ていたスリランカ支部の2名が代理で審判をしてくれました。

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引き分け!(コメント:佐藤繁樹)

いよいよ試合の時間です、しかも「HEAD JUDGE」は東先生です、どきどきしながら準備をしました。自分は佐藤先輩のセコンドに付き試合会場に大きなタイマーがなかったので、先輩に時間のコールを行うことにしました、しかし先輩は圧倒的に強く「一分前」と言う言葉は一回もださずに先輩の試合は全て一本勝ちで終わりました。先輩の初戦は53秒、二回戦目は47秒で終わり決勝まで進みました。

自分の試合

一回戦
相手はモハムド・・・佐藤先輩と自分が始めて彼を見た時に出た言葉「でっけー」
自分の一回戦の相手は元極真の黒帯で自分より20キロ重く背は約185cmの超重量級の選手でした。相手は押すばかりで自分のパンチが入りましたが、場外に何度か押されました。大外で落として裏十字をきめましたが、場外のため「break」がかかりました。そこで時間切れで、延長戦に入りました。
今度こそ決めようと思ったので自分はマットの中心をはなれず、相手をまた大外で落とした後、マウントを取り、腕十字をとって一本勝ちしました。

二回戦
相手はすごくいいやつですが・・・ちょっと恐い顔のブランサ
二回戦目は一回戦の相手の先輩で元極真の黒帯二段。自分と同じく重量級の選手でした。寝技が決まっていたので、寝技に持ち込むしかないと思いました。相手とパンチで殴りあった後、首投げで落としてマウントをとり、腕十字を決めて一回戦目と同じ技で一本勝ちをしました。

三回戦
自分は佐藤先輩のセコンドに立ち先輩の「次の相手は誰だろー」と思っていたら、自分でした。急いで自分のコーナーに戻ってマスクをはめました。はは。
スリランカの試合の展開は早く、勝ったと思ったら休むひまもなく次ぎの試合が始まると言う展開で試合が行われていたので少しあせりましたが東先生が5分間の休憩を入れてくれたのでホッとしました。

決勝戦
かなり緊張していたのですが、先生が全ての技をだせと言ってくれたので自分はお客さんが喜ぶ試合をしたかったです。自分の踵落としが入り「こーか(効果)」をとりましたが、先輩のシュートでグラウンドに持ち込まれマウントをとられてしまいました。マウントを返したのですが、すでに襟締めにかけられその後は余り覚えていません。タップはしたのですが、それも記憶になく。マウントを返した後のことは全然覚えていませんでした。本当に「Clean(きれい)」に決まった襟締めでした。
あっと言う間に負けてしまいましたが最後の相手が佐藤先輩だったことは自分にとって嬉しかったです。同じ部屋で寝、同じ食事を食べ、同じビールを飲んだお世話になった佐藤先輩だったので自分は先輩と戦えて光栄に思っています。
佐藤先輩は全て一本勝ちでダントツで優勝をかざりました。先輩のトロフィーもかなりなもので「税関通るのかな?」と考させられるくらいの大きさでした。

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ジョセフ、マウントから腕十字へ(コメント:佐藤繁樹)

試合が終わった後写真会と食事会ありました。記念写真をとった後とりあえず皆ホテルに戻ってから食事会に行く事にしました。試合が終わってホッとしたせいか自分の左足の骨がかなり痛くなり先輩から「Ice Pack」と先生からはシップをいただき、テーピングをしました。

食事会はKandyの子供の遊園地のレストランで行われました。レストランは自分達を含む9名で行き、モヒディーン支部長、レストランの社長奥さんと子供、犬好きの中岡先生と中岡先生の弟子が来ていました。東先生はずっと「HEAD JUDGE」をしていたのでお腹がすいていましたが自分は試合後でまだ緊張していたせいか、はらはあまりすいておらず、ビールだけが飲みたかったです。試合後でしかも真夏の夜の乾杯とビールは本当に美味しかったです。ふっと少し「Relax」が出来たと思ったら先輩と自分は「決闘」申し込まれました・・・ビリヤードですが・・・そして相手は中岡先生とその弟子。東先生も「負けるなよ」と言ってくれたので負けるわけには行きません。日本人チーム(先輩と自分)対スリランカチーム(中岡先生と弟子)に分かれて戦いました、チームメンバーの国籍がごちゃごちゃでしたが、でゲームは8ボール(最後に8を静めたチームの勝利です)。ビリヤードの試合は二戦全勝で佐藤先輩が最後の8ボールを二回ともしずめました。さすがチャンピオン。しかも佐藤先輩はビリヤードが初めてと言っていまして(自分は絶対うそだと思いますが、後でコノネンコ先輩に本当かどうか聞いてみます)。その後ちょうどお腹もすいて来たので食事をしました。料理はスリランカ風中華で美味しかったです。食事の後自分達はホテルに戻り次の日のセミナーのしたくをしてから寝ました。

セミナー

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「ハーイ、セイレツシテクダサーイ」とジョセフ先生(コメント:佐藤繁樹)

セミナーは試合会場と同じ場所で行われ朝の10時から昼の1時までの予定でしたが少々時間オーバーで終わりました。基本げいこと移動げいこが終わった後寝技を中心にセミナーを行いました。ポジション取り、腕十字、首投げ、腰投げなどを教え取りあえず時間内に出きるだけ寝技を教えることにしました。あっと言う間に時間が過ぎ知らないうちに先輩と自分のサイン会が始まりました。サイン会には少しびっくりしました。先輩と自分は持っている空道シャツを全部黒帯の選手にわたしてホテルにもどりました。
まだまだ話はありますが、自分は作文を書き出すと「きり」がないのでこのへんで「きり」ます。

スリランカとクアルンプールでは色々ないい思いでが出来ました。まともに歩けなかった自分を色々と手伝ってくれた佐藤先輩には感謝しています。クアルンプールでの先生と先輩のお別れは自分にとってつらかったのですがまたすぐに合える日を楽しみにしています。
自分の社会勉強のなさでスリランカに行くまできづきませんでしたが、よく分かったことが一つあります、それは海外支部を援護すると言うことがどれだけ大変なことかです。国によって状況が変わり、経済状況、社会的問題、宗教的な違い、政治問題までもが関わり、このようなかなり重大な問題を抱えながら20年以上大道塾は世界に広まっています。今回も宗教的な問題や社会的問題などがありましたが、こういった大規模の人間的問題には「Yes/No」は答えとして通じません。
試合の前の日にタミルのテロ事件に巻き込まれたムエタイの選手がいたそうです。でもこのような大変なチャレンジを色んな国で乗り越えてきた東塾長と大道塾の大先輩や支部長を自分はすごく尊敬しています。日本語でどう言うか分かりませんが、今回の旅で自分が思ったのは東先生は「Diplomats-Scholar Warrior(闘う外交家−編集部注)」です。日本でも自分は色んな先輩にお世話になり大変感謝しています。何の考えもいらず(テロリズム、戦争)練習が出来ると言うことは本当にLUCKYな(運がいい、恵まれている)ことです。
今後も出来る限り大道塾と空道をサポートしていきます。
以上です。押忍!

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