コラム07 チョット待った“武士道精神” 改訂版

当コラムは2002年に発行されたエッセイ集『日々是雑念』に収録された文章を加筆・修正したものです

◎「武士道精神」の復活?

最近、老若を問わず多くの言論人により、又それに力を得て、武道を愛好する人々の間に「武士道」という言葉が頻繁に唱えられるようになった。さすがに始めは「アナクロ(時代錯誤)と取られるのでは」と及び腰で「オズオズ」と、意外に思ったほどの反撃も見えないと分かった最近では「堂々と」、「武士道精神」の復活が声高になされるようになった。 待望される理由を私なりの解釈で翻訳(?) すると大体以下のようなものだ。

昨今の、日本をリードすべき層の堕落・崩壊は凄まじい。政治家(屋?)は、国の名誉などより、安全第一の叩頭主義(?※1) 官(奸?) 僚は公僕意識どころか特権意識、親方日の丸意識での汚職、血税浪費。経(傾?) 済人の、「ハゲタカと言われようが、何と言われようが屁理屈を言わないで、要は、儲かりゃ良いーんだ主義」、文化人の「歴史に正義などはない。力関係しかないから、長いものには巻かれるしかない」といった恥も外聞もない、小心翼翼、厚顔無恥、弱肉強食、敗北・虚無主義、等々。

※1:叩頭主義(東の造語):相手の無理難題にも、叩頭(頭を地に付けて拝礼するさま)を旨とし、事を荒立てない別名、臣従主義。

かつて、明治維新期に日本を訪れ、「何千年の歴史などと言っても、たかが東洋の島国だ、教育してやる」と高をくくって来日した諸外国の来訪者たちが、その当時、既に寺子屋の普及で世界最高だった識字率(50%。イギリスで20%))の高さに驚き、逆に「貧しいが高貴で誇り高く優秀な民族」とまで評価された、あの日本人はどこに行ったのだ?!(今こそその根底をなした「武士道精神」を復活させるべきだ!!と続く→後述) 私の歴史の知識は高校程度のもので、学生生活もバイトと空手(と宴会)にその殆どが費やされ、専門的に歴史や哲学を勉学する時間はなかった。従って、歴史や政治の本を読むのが好きというだけで、そういった社会事象やそれへの反動として唱えられ始まった「武士道精神」に付いて言いたい所があっても、中途半端な知識で「偉そうな、訳知り顔な事」を言って恥を掻くようなことだけは避けて来た。

それでも、何故今日のような日本らくになったのかに付いて考えるきっかけとして、始めは20数年前、機関紙「大道無門」の中で、数年前はエッセイ!「日々是雑念」中の「チョッと待った武士道」の中で、国際連盟事務局次長、新渡戸稲造博士の名著「武士道」に触れたことがある。 当時は正に「何を今更、“武士道”等というアナクロな話を」という感じで無視されたものだったが、この本は、その後、年を経るに従って加速度的に、様々な出版社から、様々な言論人の解説付きで出版されるようになった。

要約すると「唯一神を持たない、従って、神による行動の指針を持たない、(しかも“理”と、“利”に聡い) 日本人が、あからさまな生存競争もなくそれなりに穏便な社会を維持してきたのは、日本の歴史に“武士道精神”があったからだ」、述べられている」と。 「歴史に見る日本の行く末」で日本の教育の崩壊を予言した、小室直樹氏は「人をつくる教育国をつくる教育」の中で、「堕落した日本人の再生は偉大な人物を生み出す『松蔭教育』しかない」「松陰の教育の極意は、『死に甲斐』であった。「武士道とは、死ぬことと見つけたり」は、将に吉田松陰のエートス(精神)そのものである。 最近ではベストセラー「国家の品格」を著した、藤原正彦お茶の水女子大学理学部教授が「いま日本に必要なのは、論理よりも情緒、英語よりも国語、民主主義よりも武士道精神であり、「国家の品格」を取り戻すことである。と述べられている。

柄に似合わずの“活字好き”でも、仕事(事務雑務、メール送受信、作文、指導、自主錬、渉外、社交、等々)に追いまくられ、中々時間の取れない最近は、手っ取り早く情報を仕入れる為に一寸した時間は、「ゴルゴ13」や、「ゴーマニズム宣言」などの情報漫画(?) を読んで向学心(爆笑)を満たしている。

特に、真摯で広範な学習から読み込まれた情報や知識を、一般人の常識感覚で選別し構築した、素朴だが、骨太な論理をベースに描かれる、「ゴ-マニズム宣言」(小林よしのり氏)は、面倒な問題でも、考えやすく調理してくれるので、自分程度の「浅学な訳知り顔」にも、適度な刺激を与えてくれる有難い漫画だ。数年前、その中でもやはり「武士道精神を備えたものに政治をさせろ」と書かれていた。

このように、最近様々な場で“武士道精神”が称えられている風潮を感じるにつけ、「何でもかんでも合理主義の西欧が優れていて、非論理的、情緒的な日本は駄目な国」だという、敗戦以来ずっと引きずってきた“敗戦ショック”からの、戦後50年を過ぎてやっとの、覚醒として私も大いに喜びたい。 とは言っても、へそ曲がりな性分からか、この風潮に諸手で賛成は出来ず、実際にその風潮に悪乗りする、武士道精神とは全く縁もゆかりもなさそうな、「外見で武士道を売りもにする武道家」が最近澎湃と出現するのを見るにつけても、再び「チョッと待ったぁー!」と言いたくなるのだ。

実際、上記の「ゴーマニズム宣言」にも、「武士道精神を評価してもらうことは有難いが、人よりは少しは実践的、多角的に触れて来た者として、“武士道”に連なる“武道”(≒)を実践する現場を見たとき、それは危険な礼賛では?」と手紙を書かせて貰ったものだった。

忠誠、犠牲、信義、廉恥、礼儀、潔白、質素、倹約、尚武、名誉、情愛などなどを重んずる“武士道精神”(広辞苑より)は正しく理解されて行動の規範になれば,その責任意識や“恥”を知る日常行動により、現実に徳川三百年の平和をもたらし、義に殉ずる精神力、死をも恐れない“潔(いさぎよ)さ”により、明治維新のような偉大な成果を生むとは思う。

しかしこの武士道精神は一歩間違えば、武士≒死を賭して主君に仕える者(侍ふーさぶらふ、即ち“侍”)という図式から、ややもすると、単純で分かりやすい“葉隠れ武士道”――「武士道とは死ぬ事と見付けたり、二つ二つの場にて、早く死方に片付くばかり也、(中略)犬死などという事は上方風の云々・・・。」(山本常朝)―という極論に、簡単に走るきらいが大きくある。また現実に、昭和期の“問答無用”の軍閥政治を招いた歴史的事実があったことも忘れてはならないと思うのだ。

“武士道精神”とはある意味で、強い肉体と靭い精神とのバランスを失わないだけの“強靭さ”を持った吉田松陰のような“天才”、もしくは、そこまでは要求しないにしろ、かなりな“人間(社会)通”で分別のあるものが持つのなら、命懸けで社会人類の為、言葉を変えれば「誇り高く、公に生きる」という、理想的な意志を強固にしてくれる強力な武器(?)だとは思う。 しかし、中途半端な、肉体だけが強くて、「普通の精神や分別しかない者」が扱ったなら、それは“命懸け”という極彩色で形容される部分だけが肥大化し、生命を抹殺するという過剰な精神量とに酔い痴れて、「“死”という絶対的な恐怖」を乗り越える時に感じるであろう高揚感が一人歩きし、忽ち、簡単に全てを、己だけではなく他人をも、抹殺できる“凶器”にもなりうるものだからだ。

醒めた言い方をするなら、自分だけなら「、ご自由に」とも言えるかもしれないが、それには止まらず、同じ事を他人にも要求し始めるのだ。当然、死んだ本人が、ではなくそれを賞賛した周囲の“空気”が。いわゆる“詰め腹”も含めて。

本当の死を前提として闘って来た訳ではないが,少なくとも現代で、最も直接的に相手を倒す事を前提とした“闘い”を追求し、肉体の威力と精神の凶暴さの境界に立つ高揚感を、充実もしくは喜びとして体感して来た者の一人として、その極限の(正確に言えば、極限に近い)至高感が分かるのだ。

そういう意味で昨今の、楽天的な (?) 「武士道」礼賛の風潮には慎重でありたいと思う。 “武道の教育効果”を誰よりも訴え“武道が評価される事”に無上の嬉しさを感じ、“情”や,“熱”を人一倍大事にしたいと思いながらも、「肉体の持つ“狂気” というものを知る者として、その怖さを真に理解しコントロール出来る者でなければ、“武士道精神”を軽々にもてあそぶべきではない、と訴えたい。

“武士道精神”という劇薬を安易に賞賛することは、本来の“武士道精神”が根底に持つ“理”よりも、その表層である“熱”や“情”に浸る快感に陥って振り回されてしまう危険性を同時に抱え込むことだ。あくまでも“情”や“熱”は、“理”のコントロールがあってこそ正しい方向に向かう」という事を、遠慮会釈なく、くどいぐらいに叫びたい。

◎「“武道精神”とは?」

「武士道に連なる武道」と述べたように“武道”は“武士道”から生まれたものだから、当然多くの共通の価値を共有してはいる。しかし、大きく似て非なる点がある。それは“死”というものに対しての捉え方の違いである。

さて、「“武士道”とは死ぬ事と見つけたり」というあまりに有名な葉隠れ武士道の一節から、“武士道”には「命を惜しまない心構え」が最初からあったような錯覚を持っている人が多いのではなかろうか?私はそれは違うと思う。“武士道”の原型は、“死”が日常的にあった戦国時代に、死の恐怖を乗り超えるために、仏教や儒教をベースにして萌芽したものだと思うが、しかし実際その頃の“兵の命”は戦力として掛け替えのないものだったはずで、「その場その場で早く死んだ方が真の武士である」(山本常朝「葉隠」)等とは、絶対に考えなかったはずである。

ところがその後、江戸中期の安定した時代、当然、死が稀なものとなり、死を恐れる風潮が出て来た。そんな時代、物事への対応や己の出処進退の判断をする時に、命を惜しむのが一般的な人間の自然な性(さが)であるから、逆説として「武士道とは死ぬ事と見つけたり」という極論に到れば、少なくとも卑怯・無責任の謗りは招かないとして生まれたものであろう。即ち当初は「命を惜しむ風潮を嘆いた論」だったはずである。

山本博文 東京大学史料編纂所々長は「葉隠の武士道」の中で、「しかし『葉隠』は武士の処世術に満ちた書物なのである」、「作者の山本常朝は、職務をより全うする為にも出世しなければと思い、自分が家老になる為にひたすら藩主に迎合するように努めた」とすら書いている。ここまで書かれると寂しい気もするが、「職務を全うする為に」という前提なら「理想と現実の折り合い」という意味で、ま、腑に落とせるか・・・・。

そもそもは、単に、地方藩の藩主の側役ではあったが、さして重要な役目を務めたとも言えない、ましてや家老などではなく、主君の死に殉じて隠棲した一老人(山本常朝)の悲憤慷慨(?)を、彼に私淑した若い祐筆役(書記)が纏めたのが「葉隠聞書」であり、当初は「鍋島論語」として佐賀藩士の間でのみ読まれた物である。

ところが日本は言霊(※2ことだま)の国である。ましてや「平和な時代には過激な言論が好まれる」という定説(?)そのままに「武士道とは死ぬことと見つけたり」という、正しく「鬼面人を威す」その言葉が、太平楽の江戸時代には「新鮮な過激思想」として一人歩きし始め、一地方の「聞き書」の一節、「その場その場において早く死んだ者が、真の武士だ」が、「武士道そのもの」となってしまった。

※2:言霊(ことだま) 言葉に宿っていると信じられる霊的な力。古代その言葉の不思議な威力によって吉凶様々な事象がもたらされると信じられ、畏敬された。

現代社会も「生き馬の目を抜く競争社会」ではあり、人はそれぞれの場で“闘って”いるし、いざとなれば否応なく命を懸ける場面に突き当たるはずだ。身近な例で言えば、普段は「武士道精神」などという高邁な精神など毛ほどにも見せない、ごくありふれた中小企業の社長だって、会社が立ち行かなくなれば“死”を選んでしまうのが、善し悪しは別にして、“現実”である)

しかし、少なくとも現代の競争・闘争は“始めから死を前提とした闘い”ではなく、逆に多くの人は“生”を前提とし、豊かな“生”を享受しようとして日々競争し闘っているのではないか? 確かに、競争の激しい社会ではあるが、現代に生きる人々は闘争心や攻撃心を掻き立て闘いながらも、信義、廉恥、礼儀、名誉といった多くの倫理観により、最低限の人間相互の信頼関係を失わず、社会秩序を維持し、安定した社会を成り立たせているのが現代である。

多くの人も、まさか“生”を前提とした現代において「生きるとは,いかに見事に死ぬかと言う事である」とはもはや言わないだろう。即ち、“武士道精神”から少なくとも、前提としての“死”の部分を除いて信義を重んじ、正々堂々、積極的に生きる、等々が現代に求められている精神なのだ(これが私の言う“武道精神”である)

武士道と比べた時、それ(武道)は人を、国を動かすまでの本質的な力を持たないという人もいるかもしれない。あくまでも厳然たる死が存在するから大きな力となりうるのだと。それではそういう人達は、“死を恐れない”と言う意味で“武士道精神”と似通うパレスチナとイスラエルの“殉教者”による、果てしない、不毛の、としか思えない、自爆合戦を“積極的”に称賛するのだろうか?

そういうと、今度は、「正しい武士道精神は「滅私奉公(己を去り、公に殉ずる)」の精神で実行され、無関係な他人を巻き込んだりはしない。自爆テロはあくまでも、「来世での自分の幸福」を担保され(妄信し?) 実行され、無関係の人間を殺すことを躊躇しない」と言われる。

それは身贔屓(?)というものではないのか?少なくとも、特攻を敢行した人達が、死を賭しながら自分の為ではなく国を想ったことは疑わないが、一方で、自分の死が自分の家族や親類縁者への、(国や地域からの)何らかの“評価”に繋がると信じてもいたはずだ。  更に、命を奉ずる事だけが至高の善だとするならば、漠然とにしろ「命を大切にする事」、「生きて幸せになる事」を志向しながら、今日まで連綿と続いて来た、人間と文明の進化を否定してしまう事になるだろう。

この程度の小論でそこまで厳密に言うこともないと思うが、テロルは政治的軍事的弱者が、圧倒的な強者に対抗しようと思う時、その一つの手段となる可能性は現実的には否定できない。しかし、道義的、倫理的には、絶対許されない。としなければ、平和な社会の前提が崩壊する。

そう考えた時、嘗て「死の対称としての生を輝かせた精神」ではなく、「始めから生そのものをより輝かす為にある“精神”」こそが、現代に生きる我々が拠り所とすべきものなのだと思う。そしてそれを育ててくれる大きな一つは、現代社会には観念として存在はしても、現実に実践されることのない“武士道精神” (観念は過激になりがちだ)ではなく、“武道”として生身の人間によって実践される中から育くまれる“武道精神”だと確信している。

真のリーダーが死を賭して事に臨む心掛けを、自己に向けて(他に対してはではない、“絶対”に!) 胸中深く秘めているのなら、我々凡人の及ばない所だが、社会を成り立たしめている圧倒的多数の我々凡人が掲げて、触れて良いのは“武士道精神”から“死”を除いた“武道精神”までだと、私は思う。

文書日付2006.4.28

コラム06 「武道を生きる」に寄せて

今そちらこちらで“武道理論家”や“学識経験者”の武道への発言が相次いでいるが、中には体現者の言語アレルギーへの陥穽を付いた、到底承服できない“脳内達人”がかなりいるように見受けられる。著者は中学から柔道を始め6年間の修行の後、名誉段のない大道塾で全くの白帯から実力で四段位まで獲得した「本物の武道体現者+理論家」である。中でも同感したのは 1.柔道の練習法で、「打ち込み」と「乱取り」を繋ぐ稽古法がない」、また2.「選手個々人の個性(身長、体重、反射神経、性格など)が違うのだから、Aに良い技、タイミングが必ずしもBにいいとは限らない」などなど、著者の慧眼を感じさせるくだりが随所にある、同好の士なら是非座右に置きたい本である。

1.柔道の練習法について

打撃系で言うと、基本(打ち込み)はあるが実際に掛けるタイミングを学ぶ、約束組み手からマススパーまでの練習体系がない、と言うことである。(今は取り入れているところも結構あると思うが。)

自分も柔道を始めた頃感じたことで、高校1年のあるとき、偶然“体落し”が先輩にも面白く掛かり始めた。しかし、1ヵ月もするとタイミングを覚えられて全く掛からなくなった。焦って色々変化させてみたが、体系化されて覚えたものではないから、二度とそのタイミングは戻ってこなかった、という苦い経験がある。空手を習い始めた団体でも同じで、延々と基本(約1時間)と移動稽古(約1時間)の後は体力トレ(約30分)を行い、その後はすぐに「組み手」だった。これでは技に対する反応が出来ていない後輩はやられる一方で怪我も多かった。

自分が指導員になってからは、余計なことはするなと言われながらも、当時「寸止め」にはあった約束組み手を、「フルコン用」に組み立てて行ったところ、後輩が急速に伸び自分の良い練習相手になったものだった(笑)。また支部を持ってもすぐに「杜の都の○○軍団」などと、経験2、3年の若手でも全日本大会で3回戦位までは進出した。

2.「選手個々人の個性(身長、体重、反射神経、性格など)が違うのだから、Aに良い技、タイミングが必ずしもBにいいとは限らない」について

武道理論は百人百様である。だから私は弟子が色々稽古方や鍛錬で試行錯誤していても、自分の理論に合わないからといって、一概にああだこうだとは言えない。ただし「その理論の当否は他と交流する試合の結果で評価される」というのは厳然たる鉄則である。

ここを踏まえないと、「試合は完全な実戦ではない。だからルールのある試合で真の実力は測れない」という、玄妙な理論の「幻の武道」が華々しく登場し、短時日は目を欺いてもいずれ真の姿が晒され消えて行った、これまで同様の「打撃系独特の歴史」の繰り返しになる。

「試合は殺し合いではなく、最低限“生”を前提にする以上本当の闘いではない」は当然だが、しかしまた、逆にその程度すら証明できない理論を信じろとなると「鰯の頭も信心から」ではないが、「信ずる者だけが救われる」、「信ずる者にしか分からない」“宗教”になってしまうのではないか?大道塾は疑問を持ちながらも、評価されているなら他のルールでもそれなりに証明して来た。

ま、個人的には別にそんな玄妙なものは縁がないから証明して欲しいとも思わないが、言葉で相手を幻惑するのも立派な技である“武術”ではなく“武道”を標榜して、青少年育成、成人の自己実現力向上の道を標榜するなら是非公開の場で証明し若者達が疑念なく取り組め、また、“頑迷固陋”な我々にも正しい武道の光明を当たるようにして頂きたいものだ。

文書日付2006.4.18

書籍紹介

武道を生きる 表紙武道を生きる 日本の現代 17
価格  ¥2,415 (税込)
松原 隆一郎 (著)
単行本  288 ページ
出版社: NTT出版
ISBN: 4757141084

「武道を生きる」書籍紹介

コラム05 型には二つの意味がある。一つは“技術の伝承”もう一つは“体育教育”

スペイン有数の格闘技雑誌、EL BUDOKA(http://www.editorial-alas.com/)に空道、大道塾を紹介する記事を書いて欲しいとの要請により寄稿したもの。

技術の伝承”について

昔の剣術の稽古は,当然、木刀(もしくは稀に真剣)によるいわゆる“寸止め”での練習しか出来なかった。敢えて木刀での打ち合いをした流派も有ったようだが,これでは当然、ほんの一握りの先天的な才能の有るものしか残れないので,世に出る、知名度の有る大きな組織には成れなかっただろう。千葉周作により竹刀が発明されたことで、実際に当てながらの試行錯誤が出来るようになり,技術は急激に進歩した。しかし、これも長短があり、竹刀は前二者に比して当然軽いので中には実戦では使えない技が生まれ、 “竹刀剣道”とか“早当て競技”という蔑称も生まれたが、型稽古だけの固定した技より、実際に打ち合い,受け合う中での技の習得という利点の方が大きかったのだろう、実際の殺し合いが頻繁に行われた幕末の実戦の中でも生き残った。

例外というかもう一つの稽古方法として(素手の場合もそうだが)実際の闘いおいては,気力,気迫というものも勝敗の半分以上の割合を占めるものだから、横にした竹(?)の束に,“肉を切らせて骨を断つ”という様に、身を捨てて遮二無二(恐怖心を振り払って)思いっきり打ち込むだけの稽古をした“薩摩示現流”という流派が、幕末の殺し合いの時には凄まじい威力を発揮し、一躍「薩摩示現流,恐るべし!」となった。闘い方は「チェーストー!」と,身を捨てるようにして、体ごと相手にぶつかって袈裟に切り下げるだけの単純な刀法だったらしいが、相手はその奇声と決死の突進に恐れをなし逃惑い討取られたという。(しかし、その“殺し合い”の時代を過ぎれば、やはり“早当て競技的”試合ではその実力を発揮は出来にくいので、普及という点では難しいのだろう,今では元の「型稽古」の流派となった。)

このように通常今までの“闘技は”創始者の経験から生み出された技の応酬を公式化し、相手がこう打って来たなら、こう受けて、もしくは“かわし”てこう切り返す、といったような方法にしろ、 薩摩示現流のような対人練習でないにしろ、兎に角、同じ動作を無限に正確に出来るよう反復練習をするものだった( “型” )。この方法は一定レベルの人間を生み出すには効率的な方法だし、相手に当たれば切れる“剣”を使うのだから、打つ(切る)人間に多少の腕力の違いはあっても、大概は相手に傷害を与える事が出来るから、剣術に関しては充分に意味の有る重要な方法ではある。

しかし一方、この方法は習う人間が創始者と同じような個性(身体的、性格的)の場合は、その人間にとっては最高の方法となるだろうし、手っ取り早く上達もするが、そうでない場合は全く同じ事をする事を至上のものとする所から、個性の違うものに対しては、「“つの”を矯めて牛を殺す」式になる可能性が大きいし、当然、創始者のレベル以上のものにはならない。これが“型”の弊害だ。

しかし、今回の“型”はそういう意味ではなく、いわゆる空手独自の、一人でやる一連の動きの事を言ってるのだと思う。相撲や柔道のように、投げられてもそれほど大きなダメージにはならなず(勿論、頭から固い所に落したり逆関節を極めたりすれば重大な怪我を招くが)気軽に技の交換が出来る“組む闘技”と違い、空手や剣術の勝負は“制空権“を必要とする “排撃的な闘技”であり、技の応酬に“速さ”を要求されるので、瞬間瞬間の反射神経の勝負であり,神経を張り詰めないと出来ない。更に空手は(剣術も)“打撃”であるから、当れば痛いので技の交換などは中々気軽に出来ない。

空手が日本に入った明治初期の頃は、気軽に素手で打ち合える防具もなかったので、空手はそれを逆手にとって、相手に当てないで寸前で止めて形やタイミングで勝敗を競う“寸止め”という方法を生み出した。しかもその上に、個人でも出来る、ここで言う“型”という上手い練習方法も生み出した。即ち、創始者の経験の中から、敵との技の応酬をシミュレーションして、それに対して決まりきった受けや攻撃の技を連続的に出して現実性を待たせたり、立ち居振舞いに迫力を出し、“武道的形式美”を表現したりするようにしたのだ。

実際、蹴り等を出す難しさは“見る者”も、自分に置き換えて実感しやすいから“鍛練”を感じるし、“やる方”も大きなダメージなしに擬似的攻防を練習でき、それが他人への強い示威行動にもなるので自己満足できるので、この方法は空手の普及に大いに役立ち空手は一気に広がった。

しかし、ここで忘れてはならないのは、空手に限らず武器を持たずに、自分の肉体のみで闘う“素手の武道,格闘技”の場合,まず同じ形の技を使っても,使う人間の主に身体能力の差で,動きに大きな差が出るし、当たっても剣のような“刃物”ではないから、相手に与えるダメージも一様には出ない。当れば倒れるはずだとの思い込みにより、普段当てていない拳では、相手の体力によっては効かない場合も出て来る。しかも相手も(ある一定の個性を持った)創始者を相手にした時と同じ動きをするとは限らない。そうなると却って創始者の経験から生み出された、決まりきった一連の動きにとらわれる事は,臨機応変な(自由な)判断と反応、研究、応用を殺してしまう。

それより、今は視界が広く、“素手”でも当てても良い、軽量の防具があるのだから 実際に当てる攻防の応酬を自由自在にした方が、技の向上も著しいし、当っても効かない場合には体力を付ける必要性も感じるので鍛錬もするので、より現実的(実戦的)になる。これが今まで大道塾が“型”をしなかった基本的な理由だ。

“体育教育”

しかし一方の“体育教育”という観点からは、“型”の存在に大きな意味がある事は設立当初から分ってはいた。(拙書「格闘空手2」‘86年初版、P149「“型”の意義の一考察」収録)。なぜなら、大道塾はそのスタートに、現実に有効性のある“護身の技”を追求するのが大きな目的の一つではあるが、一方、単に強さのみを求めるのではなく、「社会人の自己実現力の向上」と「青少年健全育成」といった真に社会に役立つと認められ得る「社会体育」という理念をも重視してきた。

その為、当時「壮年部」といわれていた年代のクラスを「ビジネスマンクラス」として一般部と同様に重要視した結果、他団体に比べてかなり充実したクラスとなっている。しかし社会の高齢化と共に当時40歳台だった第一期の塾生たち50歳を越えて来ているが「若い時と同じ百点満点の組み手が出来ないから鍛錬は意味がない、やっても無駄だ」ではなく、当然、幾つになっても護身術の必要性はあるし、健康を維持する上でも“型”などは無理なく習慣的に体を動かす事につながり、中高年特有の病気(糖尿病や、高血圧、心臓病など)への予防的意味もある。

また、少年部の興味の維持にとって、“型”は身体能力、センス、といったものが重んじられる“組み手”と違い誰でも一定のレベルにはなれるので継続しやすいし、決まりきった事を習得する為に、指示に従う習性が付く,従って年長者を尊敬するようになる、といったように、今、世界のどの国でもが悩みの種である青少年の躾や教育の手段としても非常に有効な練習方の一つである。そういう意味で“型”はビジメスマンには“技と体力、健康の維持”に気軽に出来る、いわば“武道健康法”として、少年部には“躾、教育”の意味で大きな意味がある。

また、かつて合理的な欧米人からは、「型などは実戦では役に立たない」として無視された(確かに従来の“型”が実戦では大して役には立たないのは事実だろうが)しかし近年、長い歴史に洗練されたそれらの“型”を“東洋的な独自の形式美の世界”として理解している層も出てきており、前述の一定程度の実用的な部分とあいまって、以前ほどの拒否反応はなくなった。

型の存在意義は分ったにしても、大道塾にとっての問題は現行の“型”が所謂“三戦立ち”や“厳密な意味での前屈立ち”で構成されている事だ。基本の突きは大道塾の“組みて立ち”でしているのに、“型”の時は寸止め(伝統派)の、腰から出す突きを使ったのでは全く “様(さま)”にはならない。その基本を身につけるにも少なくとも500から1000時間は掛かるはずで、しかもそれなりに見られるようになったとしても, 少年部がやるのは愛嬌としてまだしも,一般部やビジネスマンがやる場合は、 伝統派ならではの“雰囲気”なり“微妙な感覚”は身に付かないから“猿真似”をしているとしか見えず“形式美”どころではない。

“型”の効用は認める、しかし所詮”猿真似”としてしか評価されない。それならば、大道塾の基本を元にした自前の“組み立ちからの実戦型”を作る必要がある。しかも従来のような一連の技の連続ではなく、選手として実際に自分が試合や実戦の中(対人)で使った技の応酬でだ。それなら、現実の証明もされているし、年齢を重ねても無理なく指導できるし、自分の体を動かす事にも繋がる。

そこで今、北斗旗の歴代の優勝者への顕彰として“大道塾の型”を創る権利を与えている。しかし、中々この“型”を創作する意義を突き詰めていない“型絶対反対派(実戦あるのみ派?)”や、意義は分っていても、「自分なんかが型を創るなんてとんでもない」と、既に“型”としては歴史と権威のある“伝統型”に拘る者などなどの考えがあり、実現していないのは残念な事だ。

こういうものは強制して創らせたって良いものが生まれるわけはないので、私もそのままにしているのだが、該当者には良く考えて欲しい事がある。即ち、伝統を重んじるとか、謙虚な姿勢というのも分るが、今は伝統的なものとして伝えられている“型”だって、始めは革新的だったり、試行だったりしたのだ。物事と言うものは(「北斗旗」もそうだったが)無数の試行の中で、歴史の検証に耐えたものだけが残り、そうでないものは忘れ去られるのだと考えれば、何も事をそれほど大仰に考える事はないのだ。逆にそうだと思えば、自分のこれまでの“組み手”を改めて充分に吟味して、歴史の評価に耐えるような素晴らしい、“型”を研究、創作して欲しいものだ。

2017.3.27 【記事紹介】ゴング格闘技2017年5月号「大道塾とグレイシ―柔術」

ゴング格闘技最新2017年5月号に「大道塾とグレイシー柔術 リベンジに東孝塾長はいま、何を想う?」という特集記事が掲載されました。是非ご一読下さい!

「ホイス戦での敗退以来、23年目にして加藤久輝がハレックグレイシーに勝ったから‥‥」というインタビューだった。しかし、私にとっては23年どころか、大道塾設立以来の36年間は、マスコミや武道・格闘技ファン、弟子も含めた「新しいものへの 抵抗という“日本文化”との戦い」だった…。