処がそれは、草の根的に武道・各次の競技人口が増えて底上げされて来た隆盛というよりは、戦後の長い平和と表裏をなす、フロンティア消滅による行き場のない閉塞感が充満する社会に、刹那的な刺激を与えることができる、しかも制作費などはそれ程掛からないという手軽さに、マスコミが飛びついて作り上げた一時的な興隆でした。
武道・格闘技界がそれを自らが生み出したパワーと勘違いし、本来が人間教育、人材の育成が主であるはずの武道界までもが、ショービジネスに走り出し、ついには飲み込まれて、興行まがいの八百長や実力よりの話題性のあるカードなどを組むために、ついには詐欺まがいのことまでして、社会的信用を失墜させ、次第に衰退へと追い込んで行きました。
しかしながら、そんな中で大道塾は、それらの流れとは一線を引き、「原日本人が多く住む」と思っている土地柄もあり、創設当時の困難や障害等を忘れることなく、着実な歩みを続けました。
本部こそ1986年に東京に移したものの、春の全日本大会は殆どが仙台で開会できました。それらは、地に足を付けた生き方をしている、上記の多くの皆さんのご支援のたまものでした。