モスクワ遠征レポート

渡辺慎二(浦和支部)

ロシアである。
なんと言ってもロシアである。
昨年の世界大会、日本最大の強敵となったのはロシアである。三年後、最大の強敵となるのも、やはりロシアであろう。
だからこそ早目にその「ナマ」の姿を見ておきたかったのだ。
4月5日、18:00。私はここモスクワの空港に降り立った。

一日目
初めてのロシア。迎えにフィリポフが来てくれた。名前だけでピンと来ない人の為に言うと、世界大会の二回戦で判定2−3で敗れはしたが、“日本最強の男”稲垣選手とバチバチのドツキ合いをした彼である。
その彼に「こちらへどうぞ」と通されたところは、外国人向けの税関でなく、ロシア人向けのそれ。係の人にフィリポフが二言三言話すと、簡単なチェックの後、サラッと入国。
VIP待遇だよなぁ。
迎えに来てくれた何台かの車に分かれてホテルへ向かう。私は街の様子に目を向ける。日本で言えば30年くらい前のトヨペットみたいな車が現役バリバリで走り回っている。排ガスが臭い。一方、最新型のベンツ、BMW、レクサス(トヨタの高級車ブランド)などの高級車もまた多い。「貧富の格差」ってやつか。
けれどもその高級車が泥だらけのまま走り回っている。「道具」として割りきっているんだろうな。ピカピカの新車ばかりが走っている日本は、確かに金持ちの国だ。一億総中流というのは、あながち悪いことじゃないな。
視界を流れるビル郡。ヨーロッパ文化の匂いが漂う。雰囲気あるなぁ。今「ヨーロッパ」と聞いて、いぶかしく思ったあなた。そうモスクワはヨーロッパなんですよ。世界地図を開いてみてみなさい。ロシアの最西端といっても良い位置にあるでしょ?ここよりちょっと西に行けば、旧ソ連からの独立国。その隣はハンガリー、ルーマニアなど所謂「東欧」。モスクワっ子自身が「私達はヨーロピアンだ」と思っているんだから。

宿泊場所の「マリオットホテル」に到着。このホテルは日本人向けの観光ガイドブックには載っていない。何故か? 答えは「高級過ぎて一般の観光客が宿泊するレベルではないから」。このホテル、ランクはもちろん五つ星の最高級。それも「超」がつく、いやいやその他にも「ウルトラ」やら「スーパー」やら、ありとあらゆる尊称を付けなければならない「超ウルトラスーパーリッチなスペシャルグレートな最高級ホテル」なのである。
えっ? そんな大げさな? いえいえホントなんですよ。どれくらい高級かと言えば、ロシア人の平均月収が約$100に対してこのホテル一泊の料金が$300である。平均月収の優に三倍。日本の物価に換算すれば、一泊約60万円(!!)ですぞ、あなた。6階まで吹き抜けとなっている豪華なレストランで、2時間近くも掛けてゆっくりとディナー。う〜む、日本の大道塾では考えられぬハイソサイアティな時空間。(笑)雑談の中で、モスクワ支部長のアナスキン曰く「以前クリントンが来た時には四つ星のホテルに泊まったんですよ。このホテルは五つ星だから、東先生はクリントンよりも上ですね」ですと。なかなか言うね。
因みにこのマリオットホテルは今回の全ロシア大会のスポンサー。ここまで来るのに乗った航空会社の「アエロフロート」もまた大道塾モスクワ支部のスポンサー。ため息が出るなぁ。
いつも海外に出ると思う。本当に日本は「武道後進国」なんだから・・・。
日本の政治家、実業家の皆様。少し考えてくださいよ。武道はこれほどまでに海外で受け入れられているのに、なんで“本家”の現状は何もないんでしょうか?

二日目
「赤の広場」に観光に連れていってもらう。ホテルからは歩いて5分。一歩広場に踏み込むと、そこは異次元空間。広い! メチャクチャ広い!!そして周りを囲む、深みある建物群。まさに、オーチン・ハラショー!!
そう、先にもちらっと書いたが、モスクワの建物は街中にあるホテルやら百貨店やらも含め、皆、イコン(聖画)が描かれ、装飾的な彫刻が施されている。そしてそれらはヨーロッパ文化、キリスト教文化の「力」を象徴する圧倒的な存在感で迫り来る。
正に威風堂々とそびえ立っているのである。これに比べると、最近の日本のビルディングって、なんてチープなんだろう。悲しくなってしまう。まぁ無理もないか。これらの建物は皆、建造されてから100年、200年が当たり前だ。
ついこの間、10数年前に国家が崩壊したとはいえ、そのソ連という宗教を完全否定した共産主義国家の寿命は「たった90年(!)」程度。永いロシアの歴史から見れば、ほんの僅かの時間でしかなかったのだ。
少なくとも、今のモスクワでは国家崩壊の惨状は感じられない(もっとも東京で言えば銀座に当たるくらいの一等地だから、経済的に余裕がない人はそもそもここにはいないのだろうが、、、)。けれども確かに、街行く人々からは、「歴史」や「文化」を作り上げてきた自信と落ち着きが感じられる。
言っちゃあ悪いが、今や世界唯一の超大国となった某国の物質万能主義的軽薄さとは無縁である。「象は痩せても象である」とはインドの諺。ロシアは衰えたりといえども、まだまだ世界の大国だ。
だからこそ、怖い。

三日目
全ロシア大会、当日。大会の方は、噂に聞いていたよりもやや小規模だった。と言うのもウラジオストック他、国内遠方の各支部も、近隣各国も、昨年の世界大会の遠征で多額のお金を使ったばかりなので、またすぐモスクワにやって来る経済的余力がないのだそうな。
またこれは日本でも同じだが、世界大会に出た選手も多くは休養モード。選手のエントリーも昨年より少ないとの事。更に、今大会は本来翌週に計画されていたのが、その会場が火事で焼けてしまったので、急遽別の会場を抑えることになったのもマイナス材料。いつもと違う会場で、宣伝も行き届かなかったのだろう。会場自体が例年より小さくなったこともあり、「普段の半分から1/3位の客入りかな?」(東塾長談)とのことだった。もっとも、それでも1000〜1500人程度は入っていたか? どっちにしても、観客数の多少には関係ない選手達の熱闘ぶりではあったが。
さてその大会の模様。

軽量級は8名のトーナメント。やはりこのクラスは参加者が少ない。が技術的には高かった。
ダントツはやはり、シニューチン(※世界大会準優勝者)。まぁ危なげなく優勝した。
「彼はまだ20歳。あと二回は確実に世界大会に出れるでしょう」とアナウンスが流れると、場内はヤンヤヤンヤの大歓声。試合後、打ち上げパーティーで軽く話をしたが「日本の選手は皆年齢が高いですが、次の世代は育っていますか?」と質問され、言葉に詰まった。クッソー、答え難いことをズバッと聞きやがって。

次の中量級は最激戦区。20名位参加していたか?期待の青木は残念ながら二回戦敗退。得意の右が決まらず、クリンチ状態で組み負けた。初めての海外で体調を崩していたせいか、ちょっと体にキレがなかったな。もちろん言い訳にはならないが。世界大会では、外国勢は皆こんな思いをしながら闘っていたんである。だから今回は「こちらから“アウェイ”に出かけなければ・・・」との思いで彼をエントリーさせ、私も同行したんだ。結果は残念だが、勉強になればそれでいい。
優勝はダシャエフ(※世界大会準優勝者)。相変わらずのハードパンチャーぶりだった。準優勝者はロシアには珍しいムエタイスタイルの選手。テンカオを打てないのが珠に傷だったが、打撃の切れ味はピカイチ。寝技もしっかりしていた。

軽重量級は世界チャンピオンのババヤンが出場するも、二回戦敗退。その相手がそのまま波に乗って優勝した。この選手、右利きなのにサウスポーに構え、前手前足で牽制しつつ、組技に持っていくという、所謂“新潟スタイル”そのままの選手。ババヤンもしつこく組まれて、得意のハードパンチを打てなかった。もっとも彼もキチンと調整してきた風に見えなかったが・・・。
しかし中量級の準優勝者といい、この彼といい上に上がる選手は日本スタイルを研究している。日本人もうかうかしていられないぞ。そう言えば、シニューチンの動きは世界チャンプの小川君にそっくりになっていたなぁ。

重量級。典型的なロシアンファイター=技術的には荒いがブンブンとパンチや蹴りを振りまわして前進する選手が多かった。決勝では、優勝者がローキックでダウンを二度取って決まったが、このクラスに限らず打撃での一本、技ありが多いのはロシア選手の素晴らしいところだ。別にディフェンスが甘いせい(だけ)ではない。基礎体力からくるパワフルな打撃力故だ。

超重量級は先に述べたフィリポフが今回不参加。更に“ウラジオの灰色熊”アリエフも不参加と言う訳で、優勝候補筆頭のアージャコフ(※枠数の問題で世界大会には出られなかったものの、モスクワではフィリポフと肩を並べる強豪)が順当勝ち。しかし彼、決勝ではパンチを浴びて四つん這いに崩れ落ちた相手の後頭部を更に殴って、ヒヤリとさせられた。にも関わらず、反則を取ったのは(私の他は)ウクライナ(?)の支部長のみ。本来寸止めのはずのマウントパンチもライトコンタクトでOKと、審判団の反則裁定はまったく甘かった。頼みますよ、審判の皆さん。
このクラスに参加した稲田君も、残念ながら二回戦敗退。相手の選手は露骨に逃げ回り、間合いを詰めようとする稲田君と鬼ごっこのようになって、場内から失笑が漏れるほどだった。ところが、これに苛立った稲田君が立ち止まりガードを下げて挑発した瞬間、相手の二階から振り下ろされるようなオーバーハンドのフックが直撃。ワンパンチでの逆転KO負けとなってしまった。稲田君も青木も、二人とも落ち込んでいたが、本番は3年後の世界大会。そこで勝てばOKだ。その為の勉強をしたと思って頑張って欲しい。

以下は余談ながら。
今回の遠征、私は基本的に自費同行だった。とはいえ、滞在中の食費等はロシア持ち。東塾長にも幾分かの金銭的負担をお掛けしている。私だけタダ飯食らいという訳にはいきますまい。と言う訳で、塾長の指示もあり、審判で協力することとなった。荒っぽく、言葉も通じぬロシアンファイター達を捌くのは正直骨が折れたが、幸いにも大きなトラブルなく終了。まぁ、飯代分くらいは働けたかな?ありがたいことに、私の審判ぶりがオーチン・ハラショーだということで、場内アナウンスより名前をコールしていただき、大きな拍手もいただいた。
同行した広報の牧野君より「先輩を称えるセレモニーでも始まったのかと思いましたよ」と言われたくらいの大拍手で、自分がスターになったかと勘違いしそうなほどだった。(笑)
その牧野君。大会後の打ち上げパーティーでは、生来の明るさから皆の人気を集めて、ロシア人と共に大はしゃぎでウォッカを飲みまくり、日露友好親善に大きく貢献していた。彼もスターだったなぁ。(笑)

さていよいよこのレポートも最後である。
今回の遠征において白眉の出来事といえば、東塾長の挨拶に止めを刺すであろう。
大会のオープニングセレモニーで「これまで大道塾は“格闘空手”という名称でやっていましたが、昨年の世界大会から今後は“空道”の名称で大会を行っていくことになりました。我々はオリンピックを目指しています。大道塾は強くて、安全で、そして見て面白い。大道塾は、空道はオリンピックに相応しい。そう思うでしょう、皆さん!」とコメントすると、場内からは大拍手。
これは凄かった。鳥肌が立った、武者震いが起きた。

日本にいる皆んな、分かっているか? あたかも講道館「柔道」の創世期のような、はたまた極真における大山道場の時代のような、30年後、伝説となっている時代を「今」俺達は生きているんだ。大道塾は、空道は、確かに日本の武道史に名を残す存在となるだろう。これは「そうなったらいいなぁ」という願望ではない。「そうなるんじゃないかな」という予想ですらない。これは単に時間軸を30年後にズラしただけの「事実」なんである。
誰かがタイムマシンを持ってきてくれれば、あるいは未来を見通せる水晶玉を持ってきてくれれば、それが証明できるはずだ。この歴史の波を、大きなうねりを君は感じ取れるか?今、俺達は「歴史」を作っているんだぞ!!

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