第1回空道パンナムカップ参加者レポート
御茶ノ水支部 朝岡 秀樹
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実は、河を渡るのが嫌いでありまして。
ましてや海など!
水を渡るのは、翼かヒレの生えた者のみに許される行為だと思っています。
その掟を文明が破ったときから、環境破壊は急速に進んだのだ、と。
それで、日常、電車や車に乗らず、泳いで渡れない幅の河は渡らぬ生活を送っています。
おまけに私は、過去の諸般の経験により、高所恐怖症・閉所恐怖症を患っております。
飛行機に乗って、24時間以上を掛けて地球の裏側にいくなんて、とんでもないことです。
……じゃあ、行かなきゃいいじゃん……。
そう思われても当然です。
しかし、それでも、行きたいと思いましたし、帰ってきた今も充足感に満ちています。
なぜなら、味わう苦しみと引き換えて有り余る、意義、喜びを感じるからです。
日本語はもちろん、カタコトの英語さえ通じない国に、空道着に身を包んだ仲間たちがいて、彼らが空道の試合で必死に闘い、敗れて涙を流している、勝って家族と喜びを分かち合っている。
そんな場に立ち合えるだけで。
地球の裏側で、指導や審判を通して、この素晴らしい武道の普及に、ほんのちょっとでも力添えできたなら、それだけで。
ましてや、彼ら、地球の反対側のブラザーたちと、ウォッカの飲み比べをしたり、なぜか吉幾三の「酒よ」のデュエットをしたり(しかし、塾長以下日本人が6名いた中でなぜ私がパートナーに指名されたのか未だに謎)って経験は。
幸福なんです。
確かに、46歳にしてビールを購入するのに年齢入りIDの提示を求められるし、ホテルに着いた途端に家族が恋しくなるし。持ってきた審判用のズボンがなんだか妙に小さいと思ったら、小3の息子のものだったり。携帯電話は紛失するし、市場へ行けば、なんだかよく分からないけど、地元のドッキリカメラみたいな番組の撮影班に捕えられてトイレットペーパーでぐるぐる巻きにされるし、やっと帰れると思ったら、出国カードやらをなくしていて出国ゲートで別室行きを命じられるし、さらに財布も床に置き忘れるし…。
とんだズンドコぶりで、塾長、事務局長、高橋師範、多田さん、伊藤君、そしてチリのみなさんにはご迷惑をお掛けしましたが(あらためてお詫び申し上げます)。遠ければ遠いほど、失敗が多いほど、文化の違いに苦しめられるほど、旅は面白いなと、思っています。河や海を越えるという行為が簡単でない方が、文化が守られますしね。
さて、そんな私的な話はさておいて、ご報告すべきは大会がいかなるものであったか。
はい。素晴らしい大会でした。
・参加国はチリ、ブラジル、アルゼンチン、ボリビア、コロンビア、パラグアイ、アメリカ、日本の8ヵ国。
・参加人数は270+が6名、-270が4名、-260が11名、-250が10名、-240が8名、-230が3名、女子が3名で計46名。
・各階級優勝者のなかでは、-240のニコラス・ヌニェ(チリ)がダントツに強かったです。空道歴は10年以上、キックボクシング(ムエタイ)では、タイでの試合経験ももち、昨年の世界選手権では田中俊輔を破り、準優勝したアンドレイ・グリシンには及ばなかったものの3位入賞を果たしているチリのエース。1回戦はボリビアの選手を腕絡みで、2回戦はアメリカの選手をみぞおちへの左膝で、それぞれ一本で下し、決勝もブラジルの選手に完勝でした。ちなみに奥さんのエベリンも女子の部で優勝。いずれも、次回世界選手権では、日本勢にとって手強い敵になるものと思われます。
・その他の階級では、-260のホドリゴ・ヴァルガス(チリ)の闘いぶりも目を引きました。初戦(二回戦)は腕十字、続く準決勝は膝十字で、チリの選手に一本勝ち。決勝では、アルゼンチンの選手を制して優勝。ブラジリアン柔術黒帯で、がっちりとした身体。大道塾チリ支部で寝技の指導を担当しているそうですが、本職は銀行の窓口業務。前述のヌニェは指導員としての収入だけで生計を立てているとのことなので、チリも、日本同様、人によって稽古環境はさまざまなようです。
・全般的なレベル・組手スタイルにかんしていえば〝80年代の北斗旗〟に近い印象を受けました。おおかたの選手が、好戦的で前へ前へ、序盤から突っ込んでいく。ペース配分をしないので、後半はスタミナ切れになる者が多い。技量的には、パンチ、それもフック頼りの者が多いが、そのなかにヌニェやヴァルガスのように頭ひとつ突きぬけて巧い選手が混在する。
・南米の選手は概して、寝技が上手く、道着を使った投げ技はヘタでした。この10年、20年で、ブラジリアン柔術やMMAは爆発的に世界に広まっているけど、柔道の普及は停滞しているのかな、と推論。
・開会式では、ラテンのダンス、試合が終われば、試合場で子どもがサッカー。このあたりに南米らしさを感じました。
で、日本から唯一人参戦した伊藤選手は、過去、体力別大会でー260ベスト4に2回進出しているホープですが、初戦(2回戦)でチリの選手に負けてしまったんですね。
相手は試合開始直後から突進、伊藤選手のカウンターの蹴りを喰らっても怯むことなく、そのままグチャグチャの組み合いに持ち込み、制限時間経過によるブレイクが掛かるまで凌ぐ。そんなパターンを何度も繰り返して、そのまま試合時間を消化。
どちらの選手にも明確なダメージはなかったと思いますが、全体的に押されている印象だった伊藤選手には旗が上がりませんでした。技量的には明らかに伊藤選手の方が優れているのですが〝3分5ラウンド闘うことを前提につくりあげられたキックボクシング(ㇺエタイ)のスタイル・距離・テンポをそのまま踏襲してしまっては、3分で終わる空道の試合においては、格段に技量の劣る相手の勢いに飲みこまれてしまうことがある〟という〝穴〟にすっぽりハマってしまったような。
日本人選手の多くが、試合において、何キロも走るような有酸素運動領域の身体の使い方をしていますが、ダッシュのインターバル走や400m~1500m走くらいのイメージの身体の使い方に、日頃の練習から慣らす必要は大きいと思いました。
例えば今回の全日本選手権では、相手との距離を維持して技のキレで闘う選手(清水亮汰・目黒雄太)が決勝を争いましたが、彼らがもし、WKF(オリンピック競技となる可能性のある、いわゆる〝寸止め空手〟競技)のトップクラスの選手とマススパーをしたら、スピードとタイミングと間合いの取り方の点で、悔しい思いをするかもしれません。
しかし、そのWKFルールのトップ選手は、実は、今回のパンアメリカン大会に出ているようなゴリ押しの組手の選手たちと〝実戦〟で闘ったら、意外に〝先に当てたのに、カウンターを取ったのに、そのあと打ち返されてボコボコにされてしまう〟のかもしれないのです。
つまり、スピードやタイミングや間合いを磨き抜いたら、今度はラフファイトに弱い……そんなグーチョキパーの関係が成り立つのではないか、と。従って、キレイな技術で闘う傾向のある現在の日本の選手たちは、世界選手権を見据えるならば、もう少し、突進系の闘いに比重を傾けるべきか、と。テクニック系の選手に劣らぬ技術を身につけ、彼らと闘う場合は体力で倒す。ラフファイターに劣らぬ体力を身につけ、彼らと闘う場合はテクニックで捌き切る。それくらいの盤石さが欲しいな、と。
以上です。