この対談は『月刊空手道』(福昌堂発行)1984年12月号に収録された記事です。
フットワーク、 コンビネーションというと顔をしかめる人達が多い。 そういう人に限ってこう言う。
「空手は一撃必殺なのだ。 小賢しい動き や二の手、三の手など必要ない」と。
彼らは一体、 ボクシングや柔道の経験者などある程度以上の格闘技のレベルの人間と実際に闘った事があるのだろうか。 こういった言葉を聞くとつい、次のようなシーンを思い浮べてしまうのだ。
『空手の達人2人が約2間の間合を保ち、互いに右拳を引いて構えていた。 あたりには静寂が漂う。 どれだけ時が流れたのだろうか、急に裂帛(れっぱく)の気合もろとも両者の位置が入れかわった。――と次の瞬間 一方が音もなく倒れていたのだ』
昔読んだ漫画や小説によくこういった場面があったはずである。 しかし現在、相手が素人ならいざ知らず、専門に格闘技を学ぶ者同士の対戦にこのような結末を期待する事は時代錯誤と言ってよいのではないか。このような考え方を称して私は“空手一撃必殺信仰” と呼んでいる。
この信仰の拠り所が「空手の突きはボクシングのパンチとはまったく異なり、より高度で強力である」というものである。 だがどこにその根拠があるのだろうか。
しかし空手の突きがボクシングのパンチと異なるという言い方については、2つの点において確かに正しい。
まず1つが “空手の突きは腰から出すがボクシングのパンチは肩から出す” という単純なものであり、 2つめが“空手 はレンガやブロックすら割る程拳を鍛えているため、ボクシングのようなバンテージやグローブで守られたやわい拳とは違う” というものである。
まず前者の“空手の突きは脇の下から出す”という固定観念について、形だけを論ずるのなら確かにその通りですと認めよう。 しかし私が問いたいのはその有効性についてである。 脇の下から拳をねじりながら出す突きは威力があるという考えの一体どこにその科学的根拠があるのだろうか。 ある所で行った実験によると、空手のそのような突きはスピード、パワーともにボクシングやキックに劣る という結果が実際に出ているではないか。(そう言うと「いや測定した人間や手段に問題がある」 などという反論がくるのは目に見えている。 私も十数年空手界にいるので、こういう理屈には大分慣れて きたが・・・)
それではボクシングが脇を締めて構えた状態、つまり体の中心近くからパンチを出すのに対し空手は脇の下体の側面から突き出すため、目標に当たるまでの軌跡が長くなるという点はどう考えたらよいのだろうか。
私は何も好んで異を唱えているのではない。一歩 (百歩?)譲ったとして、 実験には種々の難点もあり一概に脇の下から敢えて突きを出す事が劣るとは言えないと仮定しても、それでは逆にそのような突きが、目標に最も近い顎の位置から出すパンチより確実に優れているという根拠はどこにあるのだろうか。
①目標までの軌跡の長さ。
②目標に下から直線的に当てる空手の突きと、体全体を回転させ水平に当てるボクシングのパンチとのパワーの差。
以上の2点について科学的に証明していただきたいのだ。このように考えれば 何も、空手の歴史だけを見て無批判に脇の下から突きを出す必然性は私には納得できない。
後者について考えるならば、確かに人 を殴る時、人に当たる部分が軟らかいより堅い方が破壊力が大きいのは当然である。しかしどんなに拳を鍛えていようと相手が柔道や相撲で首を鍛え、体力的に優っていたり、その上興奮状態であれば板やブロックを何枚割れる力があろうと一発や二発で倒せはしない。 試し割りをした事のある人なら理解できるだろうが目標物が1センチでも後ろに動いたらそれは決っして割れないのである。実戦において板やブロックのように静止している人などいるだろうか。
以上の理由でクローズアップされるのがフットワークでありコンビネーションなのである。たとえどんなに固い拳をしていようと、(最初から拳をきつく握っていては素速いパンチはもちろん連打もできないという事もつけ加えたいが) 相手がフットワークを使えば拳は虚しく空をきるだけである。 仮りに相手が自分の間合に近づいた時、 一撃必殺の(?)タメの効いた一撃を出そうとしても、相手がフットワークを使っていればその前に、確かに軽いかもしれないが素速いパンチで先に打たれてしまう。それに気を取られてノーガードになったところや緩んだ筋肉に、普段から当てる練習をしている腰の入ったフィニッシュパンチや蹴りでももらえばそれこそ大きなダメージになる。そしてそれこそが小よく大を制し得る空手の根拠なのだ。
それでも常にフットワークやコンビネーションを含んだ体系で練習をしていれば、そのようなフィニッシュブローをもらうような状況でも本能的に筋肉を緊張させたり、受けたりする事がかなりの程度可能になる。
以上の事をふまえた上で最後にフット ワークの意味を再認識してみよう。
①絶えずリズムを作り動く事によって相手に対する標的を固定させない。
②足を動かす事によって上体が自由に動手技にバリエーションが生まれる。(足が止っていては手足を上下左右前後と複雑に組み合わせて動かす事はできない) こうしてフットワークを生かしながら コンビネーションを用いた、多角的な攻撃をする事により初めて空手が実戦性を持ち、柔道や相撲と五分に、そしてボクシングやキックを超えられるレベルの格闘技として存在する事ができるのではないだろうか。