ウラジオストク遠征レポート 田中

ウラジオストク遠征レポート

 

押忍。御茶ノ水支部の田中洋輔です。
2017年9月20日~25日に中村知大とも共にロシアのウラジオストク支部に出稽古に行ってきましたのでその内容を報告します。

今回ロシアに出稽古に行こうと思った主な理由として、現在最も空道が強い国であるのでどのような練習をしているのか体験してみたいと思ったことがあります。また、ロシア選手は国際大会を見据えた場合、倒さなければいけないライバルではありますが、それ以前に同じ空道という競技をやっている仲間であるので、交流を持ってみたいと思いました。

コノネンコ先輩にウラジオストク支部やロシア空道連盟に連絡・調整していただき、国際空道連盟の東先生に許可をもらう形で出稽古が実現しました。 練習で怪我をするのではないか、あまり事前に情報が来なかったので歓迎されないのではないか、という不安もありましたが、「まあ道場の時間と場所をとりあえず教えてもらえれば、後はバックパッカー的に観光とかしてなんとかすればいいや」という感じで、早稲田準支部時代、現在の御茶ノ水支部で練習仲間である中村知大とともに向かいました。

9月20日
中村と成田空港で集合して向かいました。途中飛行機の揺れが激しく不安になりましたが、わずか2時間半程度で無事着きました。心配していた入国審査もスムーズに終えることができました(今年の8月からウラジオストクに関してはビザ取得が非常に容易になった)。
空港の到着ロビーに着くとウラジオストクのイワノフ支部長(日本の帰ってから気づいたことですが2月のムンバイのワールドカップで自分の試合の主審を務めていた人でした)が迎えてくれ、市内まで車で運転してくれました。
ロシア語が「スパシーバ」くらいしか分からない私たちに気を遣ってくれ、英語でコミュニケーションを取ってくれました。走っている車を見るとほぼ全部と言ってよいくらい日本車の中古車が走っていました。ウラジオストクの人はモスクワの人達に「私たちの車(日本車)はとても良い」と自慢するようです。

空港から1時間くらいで市内に付くとウラジオストクの本部道場に案内してもらうと、練習を終えた直後の汗だくの道場生たちが待ってくれていました。
そのメンバーが240で世界大会で優勝したゲガム・マナバシアン選手や2月のワールドカップ250で優勝したイゴール・ペルミン、巌流島に出ているシャロマエフ選手、ワールドカップに出場していたコンスタンティン選手等、何処かで見たことある選手が沢山いていきなり驚きました。
とりあえずみんなでにこやかに記念撮影をすることになりましたが、ここまでのレベルの選手が揃っているとは思ってなかったので、気が引き締まりました。
その後レストランに連れて行ってもらいイワノフ支部長、コーチのユーリ先生、アレク先生と食事をし、本場ロシアのウォッカを酌み交わしました。お互い慣れない英語での会話になりましたが、昔の北斗旗の試合のこと、日本の諸先輩方のことで話題は尽きませんでした。
学生時代、部室で見ていた昔の試合・選手の話でロシアで盛り上がるのはなんだか不思議な気分でした。ロシアの先生たちが楽しそうに昔話をしている姿を見ると、東先生をはじめ、今支部長をされている先輩方の築いた信頼関係があるからこそ、ウラジオストクやロシアに空道が広がったんだなと改めて感じました。

支部長室でイワノフ支部長と。
ウラジオストク本部道場の外観。三階建ての非常に立派な道場でした。
市内の夜景をバックに先生達と(左からユーリ先生、イワノフ支部長、アレク先生)。ユーリ先生が選手クラスのコーチでした。みんな大道塾・空道愛に溢れていました。

9月21日

この日は朝からイワノフ支部長が迎えに来てれ、ウラジオストク市内の道場を案内してくれました。まずはウラジオストクの有名な観光スポットである通り近くのオリンピックセンター?内にあり、第2回世界大会に240クラスで出場したレオノベツ・マキシム選手(日本の岩木先輩に敗れて2位)が支部長として教えている道場でした。
自分が大学に入学する前年、たまたま友人に誘われ第2回世界大会を見たのが空道に興味を持つきっかけだったのですが、その時に戦っていた選手とロシアで会うことが出来たのは感慨深いものがありました。

昼食は第1回世界大会で超重量級で優勝したグレゴリエフ支部長と合流し海辺のレストランでご馳走してもらいました。グレゴリエフ支部長はロシアの沿海州(ウラジオストクも含まれる)地区のトップでありながら、レストランを経営し、格闘技イベント(「ファイトナイト」と言ってました)のプロモーターの顔を持っているそうで、昼食の最中もひっきりなしに電話がかかって来て、他のお客さんが挨拶に来たりと、非常に顔が広い様子でした。

一番右がマキシム先生。

昼食後、別の道場に連れて行ってもらうと、なんとイワノフ支部長が私達のために手配してくれた通訳の女性(ニックネーム:アンちゃん)がいて、その気遣いに大変恐縮しました。この道場はロシア語で「兄弟」という名前でAndrei Chernykh選手(2011年のモスクワのワールドカップで加藤久輝選手に勝利、2014年のアジアカップ優勝)とそのお兄さんが運営しており、300名の生徒(大人50名、子供250名)がいるとのです。
子供クラスの指導の様子を見学しましたが昼の二時くらいなのに人数も多く非常に活気がありました。

ウォーミングアップの段階で鉄アレイをもってシャドウを行っていました。このようなトレーニングを小さい頃から行うでことで強いパンチが生み出されるのでしょうか。日本では子供の時期は遊びを交えたメニューや神経系のトレーニングが主流なので異なるところかとおもいます。
練習メニューも左右フックをウィービングでよけてフックを返すなど、試合に直結するものでした。「他の格闘技など習い事をしていて物足りないと感じた子供が集まってくる」という説明の通り、まだ小さいながらもスパーリングの際は強い闘争心が感じられました。

その後、練習参加のため本部道場に向かう道中で、「少年部に少し指導をして欲しい」ということと併せて「マスコミの取材がきているの少し答えてほしい」ということをイワノフ支部長につげられより一層驚きました。

本部道場の子供クラスも同様に人数も多く非常に活気がありました。技の指導では中村が背負い投げを教えた流れで、投げられてからの寝技のディフェンスのムーブメントを指導しました(後でニュース映像を確認したところ、地味だからなのかすべてカットされていましたが)。子供たちが教わった動きを無邪気に練習している姿はとても微笑ましいかったです。

その後カメラの前で、取材に答えました。質問内容は主に「なぜウラジオストクにやってきたのか?」「ロシアの練習の印象は?」「ウラジオストクで知っている選手は?」というもので、「ロシアの空道はとても強いので練習して色々勉強したいと思った。ウラジオストクの選手ではマナバシアン選手を知っている。同じ階級の世界王者なので尊敬している。すでに子供の練習を見学させてもらったがとても参考になった」という旨の回答をしました。

 

※取材の様子は以下のリンク等メデイア取り上げられました。(私は名前を間違えられているようですが)

http://primamedia.ru/news/624620/

https://www.youtube.com/watch?v=SyMN6_lt0No

 

子供クラスの指導後、ついに今回の目的である選手クラスが始まりました。

メニューの例は大体以下の通りです。

 

・道場内を走る(途中色んなステップや動きを交えて5分くらい)

 

・マット運動系(前回り受け身、後転、馬跳びして股くぐり、パートナーと肩を組んで片足でケンケン、片方の襟を掴んで打撃を入れながら押していく、片方の襟を掴んで打撃を入れながら引いていく等様々)

 

・打撃の打ち込み? (リズミカルにステップを刻みお互いパンチを肩にあてる、こぶしを当てあう、ハイペースでローキックをすかしてローキックを返す、など特に独自性が感じられました)

 

・投げ系の打ち込み(わきの差し合い、首相撲で固められたところから取り返し合う、チューブを使って20秒くらい打ち込みをしてから人を相手に投げ決めを繰り返す、首相撲から膝蹴りに合わせて投げ決め、首相撲で膝を入れてから投げ決め、パンチを打って対角の肩の裏を掴んだ状態からの打撃・投げ)

 

・30秒サンドバッグ連打、20秒くらい人を担ぐの繰り返し

 

この日はスパーリングは行いませんでした。時間としては全体で1時間半位とそこまて長くないですが、初めてのメンバーでどれもスピーディに行い、心肺機能だったりフィジカルに負荷を与えるメニューだったのでかなり密度は濃かったです。

練習が始まる前は出稽古の洗礼を受けるようなシチュエーションも覚悟していましたが、特にそういうこともなく、かといって過度に特別扱いされることもなく、おそらくいつも通りの練習に混ぜてもらえたかと思います。
また練習中は同じ階級ということもあってか、マナバシアン選手がペアを組んでくれ、ジェスチャー等で内容を説明してくれ、非常に有り難かったです。練習後は打ち解けた雰囲気になり、選手たちと色々と話をしました。日本でもロシアでもやはり一緒にトレーニングすることが最高のコミュニケーション方法だと改めて実感しました。

 

練習後は少年達を含め黙々と筋力トレーニングをやっている選手が多かったです。緑帯の女性がタイヤをハンマーでたたいている姿は流石だなと思いました。そのような練習の成果か、キレイな女性選手が男性選手に負けないパワフルなパンチを打っていました。

また、選手クラス終了後、一般初心者?クラスも見学させてもらいました。

タイヤの上の足を入れ替えながらパンチ
スティックを使ってチャンバラ

一般クラスでもフィジカル向上を意識したメニューが多かったのが印象出来でした。

 

9月22日

この日は午前中にイワノフ支部長が市内の観光に連れて行ってくれました。ウラジオストクはその歴史的に背景から要塞が数多く残っており、是非見たいと思っていました。

市内の要塞博物館。この様な対空砲も普通に操作することができました(もちろん弾は打てませんが)。
イワノフ支部長が元軍人ということもあり、非常に詳しい解説を聞きながら楽しく見学することができました。
ルースキー島にある極東連邦大学も少し見学させてもらいました。ロシアの中でも有名な国立大学で、空道で優秀な成績を収めた選手も(マナバシアン選手など)も入学し、卒業しているようです(ウィキペディアに書いてある空道学科というものは無いようですが)。

観光を終え道場に着くと、昨日指導したクラスよりやや年齢層が高い(中学生くらい)少年部の練習を行っていました。とても動きの良い子供がいたので、軽く組手をお願いしたのですが技が多彩で完成度が高くてビックリしました。ロシアでは子供の頃から空道ルールで練習していおり、トップ選手はほとんどが小学生くらいから空道を始めているようです。(自分が20歳から空道を始めたという話をしたら驚かれました)。

この日の選手クラスは昨日と同じようにランニングで始まり、打撃系打ち込みを多めに行い、その後、スパーリング(左手だけ、パンチとローだけ、格闘空手ルール)、パンチの決まったパターンをミットで反復、腕立て伏せ等の補強をして終わりました。練習時間自体は昨日と同じくらいでスパーリングの本数は多くなかったですが、この日もやはりスピーディな反復のメニューを多めに行い、ハイペースだったので非常に密度が高かったです。

練習後の集合写真。予想していた通りパワーの平均レベルが日本よりかなり高かったです。
ミットでペアを組んで色々教えてくれたアレクセイ君。ロシアの高校生くらいの選手は皆体格も良く、風貌が日本と大分異なるので最初はとっつきにくい雰囲気がありましたが、話してみると良い意味で日本の子供と変わらず、ロシア語のわからない自分達に色々と親切にしてくれました。 多くの選手が日本でミドルキックを蹴る感じで後ろ蹴り、後ろ回し蹴りを器用に使いこなしていたのは印象的でした。日本だと打撃の基本というとキックボクシング、ムエタイ的なものを教えますがここでは格闘空手的なスタイルが色濃く残っている感じました。 皆日々コーチの指示に従い、黙々と打撃ドリル等を繰り返しているからか、打撃の平均レベルが非常に高かったです。
マナバシアン選手は今後MMAを中心に戦いトップを目指していくようです。物静かな印象を持っていましたが、話してみると結構冗談を言っていました。

9月23日

この日は朝から沿海州地区の審査会でした。

日本同様、基本稽古から始まりました。習熟度は個人差がありました。
拳立て、スクワット、腹筋の体力系を皆同時に行います。

基本等一通り終わると試合審査が始まりました。私は空道ルールを1試合、組み打撃を3試合、寝技を1試合の相手をしました。完全な真剣勝負というわけではありませんでしたが、適度な緊張感を持って色々と試せたので良かったです。
イワノフ支部長の配慮からか自分たちは重量の選手たちの相手はしませんでしたが、パワー・スピード両方兼ね備えるロシアの重量級選手を正面から相手していたマナバシアン選手とグリシン選手(前の世界大会で2位)は流石でした。

途中自分の新品のヘッドギアがなくなるというハプニング(皆で協力して探してくれ、マナバシアン選手が途中から間違って使っていたというオチでした)がありましたが、最後まで怪我等なく無事に終わることが出来ました。審査終了の際、イワノフ支部長が私と中村に空道ウラジオストクTシャツをプレゼントしてくれました。その日は全日本アマチュア修斗Tシャツを着ていた私としては嬉しさと恐縮した気持ちが入り混じりました。

 

胸に空道というタトゥーを入れた闘志あふれる緑帯が中村と良い組手をしていたので、改めてロシアの層の厚さを感じました。
グリシン選手。ナホトカというウラジオストクから車で5時間くらいの町で練習しているようです。「田中俊輔選手とは兄弟か?」と聞かれたので、「名前が似てるだけだ」と答えておきましました。また、イゴール・ペルミン選手が、日本の「巌流島」に出場した時の動画が見れない、 と言っていたので後日動画を送りました(御茶ノ水支部の辻さん、石井さん、ご協力ありがとうございます)。

3時くらいに審査が終わると、グレゴリエフ支部長の友人の空道関係者が所有するクルーザーでもてなしてくれました。ここでも通訳の女性”(ニックネーム:キミちゃん)が来てくれ、再び恐縮してしまいました。

非常に豪華なクルーザーでテンションが上がりました。
先生たちが揃ってもてなしてくれました。左からデニス先生、イワノフ支部長、グレゴリエフ先生、ユーリ先生。皆んなウォッカを飲んだ後、子供のように楽しそうに海に飛び込んで行く姿に触発され私達も飛び込みました。とても気持ちよかったですがやはり寒かったです。
本場ロシア流のウォッカの飲み方も伝授してもらいました。
運転席に座らせてもらいキャプテン感を満喫させてもらいました。(実際には船は停まっていました)

ウォッカを飲みながら先生達とくだらない話から真面目な話まで色々とさせてもらいましたが、特に感じたのが先生達が日本の選手(別に私と中村だからという訳ではなく)が来てくれたことを本当に喜んでくれているということでした。
ウラジオストク支部は海外支部の第一号で非常に歴史的に関わりが深く、強い志を持って空道を普及して来た自負があるかと思いますが、近年では日本との接点がほとんど無くなってしまったことをとても寂しく感じているようです。

実質的に空道という競技は日本とロシアが主導しているので、もっとお互いコミュニケーションを取った方が競技の普及に繋がるのではないかと思いました。
そのきっかけとして、昔のように北斗旗にロシアの選手が出るということは難しいかと思いますが、少年部の合同練習だったり(練習しているルールが違うという課題はありますが)、何かしら形で定期的に交流を持つのも良いのではないかと思いました。

空道の良いところは練習を通じて今回のような国際交流を出来ることなので、子供達にも良い経験になると思います。
また、個人的には、日本のシニア空道も層が厚いので、シニア日露交流戦があったら見てみたいと思いました(ロシアはシニアの部はないようですが)。
現在のように国際大会の時だけ対戦相手候補として会うと、自国を応援する気持ちが強くなりすぎて、相手に対する偏見が強くなってことに繋がりがちです。この日は遅くまで先生達が我々に付き合ってくれて、最後はシメの麺類をいただきました。

 

 

9月24日

前日のウォッカ審査のダメージが残っていましたが、この日も朝からイワノフ支部長がホテルまで迎えに来てくれ空港まで送ってくれました。空港に向かう途中に空道ステッカーをつけた塾生の車が走っているなど、改めてウラジオストクでの普及具合を感じながら帰国の途に着きました。

○ロシア空道事情について

・色々な人に聞いたところ空道の支部に属している人数はロシア全体で約15,000~20,000くらいだそうです。

(内訳はウラジオ市内で1,000 、沿海州エリア(ウラジオストクも含む)3,000 、モスクワ7000人くらい)。ロシアの空道人口は5万、10万という話を聞いて事がありましたが、正式に登録している人数はこのくらいだと思われます。

・ロシアは30歳以上で試合に出るのは許可が必要で、基本的に20台で選手は終えるようです。日本のシニアクラスのようなものはないようです。
30歳以上で空道の練習を行うのも健康診断等を受けて医者の許可が必要になります。日本のシニアクラスの盛り上がりを見るとこれは一長一短あるのではないかと思います。
日本のような皆んなで楽しむ武道(格闘技に親しみがない人からはそのようにみられてないかもしれないですが)というよりは、鍛えられた強い人間が行う格好良いハードなスポーツという立ち位置なのかもしれません(町道場というよりは強豪高の部活のような雰囲気?)。

○ 練習について

・全くみたこともない練習をしてるわけではないですが、既存のトレーニングを組み合わせて心肺機能や筋力によく刺激を与えているのが特徴かと思いました。スパーリングが多いと思っていましたが、実際には反復練習がメインであるのはとても意外で今後参考にして行きたいと思いました。

・チャンピオンから子供までコーチが指示したメニューを黙々と真面目にこなしているところが印象的でした。
ハードな反復トレーニングやフィジカルは辛くて面白くないので多くの人が避けてしまいがちなところですが、これらを当たり前のものとして真面目に取り組んでいるのがロシアの強さなのかもしれません。
背景には空道という競技が格好良い競技として認められ、高いモチベーションを持てることがあるかと思いますが、その環境づくりも含めてロシア先生達の普及拡大の取り組みの成果なのかと思いました。

 

○全体の所感

不安を抱きつつも行ってみたら、ここまでもてなしてもらえるとは思わず本当に驚き、恐縮しました。ウラジオストク支部の皆さんには本当に感謝しています。また、このような機会を与えてくれた、東先生、コノネンコ先輩、朝岡先輩にもこの場を借りてお礼を言いたいと思います。ウラジオストクに出稽古に行ってみたら格闘空手を引き継いだ正統派な空道を感じることが出来ました。この経験を今後の競技人生、指導に活かして行きたいと思います。押忍。

 

御茶ノ水支部田中洋輔