東孝×白鳥金丸 対談③ 格闘技には殴り合いの歴史が必要なんです(東)

この対談は『月刊空手道』(福昌堂発行)1984年11月号に収録されたものです。肩書は掲載当時のものです。

 

―― それでは白鳥先生、よく世間で比較される空手の突きとボクシングのパンチですけど、それについてはどうでしょうか。

白鳥 以前自分もね、空手とボクシングのパンチカを測定、研究した事あるんだけど。

東 どうでした。

白鳥 全然かなわないですよボクシングには。まあ、計り方にもよるんだろうけどスピードもパワーもボクシングのが上だったね。ただボクシングは堅い物をたたいてないから手痛めちゃうんですよね。だけど備えてね、組手やスパーリングの姿勢で腰の回転を生かして打った時の威力ではボクシングが一番じゃないかな。

東 確かに空手の場合は拳を鍛えているから一撃だけのカっていうのは結構あるんですよ。ただそれが当たるか当たらないかの差だと思うんです。格闘技として見た場合、問題はバンチの威力よりもまず相手に当てる事が前提条件になるわけです。だから当てるためには当然フットワークがクローズアップされてくるわけです。だけど伝統的な空手をやってる人なんかは言うわけですよ「空手っていうのは一撃必殺だからこう、溜めに溜めといて一撃に賭ける」ってね。だけどそういうわけにはいかないですよ。少なくとも今の時代のようにね、ボクシングの技術があそこまで高度になっている今日に、一発で極めようったって、その時相手は前にいませんよ。

白鳥 そう考えればフットワークつてのは大切だよね。

東 パンチの威力がうんぬんの前に、第一つかみきれないですよ相手を。今の空手ではね。スタンスを広くして構えていては直線的な動きはある程度できるにしても横に回られたらおしまいですよ。

白鳥 だからモハメド・アリのアリダンス「蝶のように舞い蜂のように刺す」。そういう意味では今やボクシングの技術は芸術的な域に達っしているとさえ言えるね。

東 自分もそう思ったのでボクシングの勉強もしましだけど、ボクシングだって初期の頃は空手的な立ち方をしてたんじゃないですか。いわゆる前届立ちのようなね。ボクシングというのは恐しい程長い歴史を持っているでしょ。近代ボクシングだって優に百年以の歴史があるわけだし、その歴史がそのまま殴り合いの歴史ですからね。そういった実戦の中で練られてきているからこそ、今のボクシングは本物だと思うんです。結局理屈だけじゃダメなんですよ、「こうすれば倒れるはずだ」とかね。
 だけど今振り返ってみれば百年前は、今の空手のような立ち方をしていたのも事実なんですよね。

白鳥 うーん、実際にに殴り合ってきた歴史と、そうでない歴史か。

東 空手っていうのは実際に殴り合っているのはこの十年か二十年ぐらいしかないわけですよ。よくどの流派も稽古では当ててるっていうけど、本当にこの野郎って殴るのと、止める前提で当ったというのはまったく違いますしね。そう考えれば実際に当てる歴史というのは、まさしく極真から始まってると思うんです。でも結局歴史そのものが浅いんですよね。自分も今までの経験を基礎にして、新しい空手を模索しているわけですけど、どちらにしてもまず第一に空手の歴史の浅さと、第二に殴り合いの歴史とそうじゃない歴史、この差がそのまま技術的にボクシングと空手の差になっているんだと思います。学ぶことはたくさんありますよ。

白鳥 今東君が言ったように、確かに昔のボクシングは今の空手に似ているよね。そもそもボクシングはもとはグローブなんてつけてなかったんだしさ。
 まあ簡単にボクシングの歴史を説明すればね。ギリシアの頃のボクシングは接近戦が多かったんだね、レスリング的な要素もあって。それがローマ時代になって奴隷にやらせるようになったんだ。手に鎖をつけたりして、まあ殺し合いのショーだよね。クレタ島ではその頃、村同士で対抗戦があったという記録もある。そういった存在だったボクシングが年月を経てイギリスに渡ったんだなあ。それで貴族なんかに保護されて、ボクシングはスポーツだっていわれるようになったんだね。いわゆる非行少年なんかを集めてやらせたりしてたんです。その頃は手に何か巻いていたらしいんだ。それに棒術。今のフェンシングの技術を取り入れたりして構えもかなりフェンシングに近かったんだ。
 それがアメリカに渡ったらまた素手でやり合うようになっちゃったらしいんだ。そこでこれは有名な話なんだけど、ジョン・L・サリバンとジェームス・J ・コーベットというのが闘った時に、コーベットがグローブらしき物を付けてフットワークを使ったらしいんだな。それに対してサリバンは当時のスタイルそのままで、いわゆる空手の前屈立ちのようにスタンスを広くとって腰を落として構えたんだ。もちろんベアナックルでね。結局試合コーヘッドがKO勝ちをして、それからフットワークを使ったり、グローブをつけたりして近代的なスタイルに変化してきたんだね。
 パンチの技術も、当然昔はストレートばかりだったのが、コーベットが一時右手を怪我して、でどうしようかっていって出したパンチがカギ型で、今のフックだったりとかね。さっきも言ったように、ボクシングはそのまま殴り合いの歴史だから、そういう風にして色々な工夫がなされたんだろうね。

東 昔、僕も何かのテレビで「ボクシング百年の歴史」っていう番組やった時に見たんですけど、あのサリバンとコーヘッドの試合なんか、まさしく今の空手とボクシングの試合でしたね。自分あれ見た時はショックでしたよ。百年前のボクシングが現在の空手だとしたら、下手すると今の空手は一世紀遅れてるんじゃないかつてね。