ザ・ソウルファイター The Soul Fighter 北斗旗王者・ 長田賢一、 灼熱の ムエタイを征く 後編 ⑤

この連載は『月刊空手道』(福昌堂発行)1987年9月号に収録されたものです。肩書は掲載当時のものです。

対戦前

 四月二十四日、試合当日。いつも通り 長田は六時に目を覚ました。シャワーを浴び、ホテルのレストランで東達と朝食をとる。フレンチトーストとハムエッグ、そして牛乳とフレッシュオレンジジュー スだ。

「いよいよだな」

「体調はいい?」

東達の言葉をやり過ごしながら、 長田 はそれらをきれいに平らげた。

 午前十時、 ルンピニースタジアムにて計量が行なわれる。 この試合はノンタイトル、デモンストレーションのため、別に体重を気にする必要はない。だから長田は充分に朝食をとったわけだが、長田はスタジアム内の計量室の体重計を見て驚いた。体重79キロ、やはり半年前より三キロ程度減っていた。

 ラクチャートはすでに長田がくるのを待っていた。トランクス一つで仲間達と笑いながら雑談をしていたが、長田に続いて自分も体重計に乗る。目盛りは、73キロを指す。 本来ウェルター級の上限は67キロ弱である。つまりラクチ ャートは規定よりも六キロ程度オーバー している事になる。 身長は長田が約三、 四センチ高いだろうか。

 計量はしかし、一発でOKにならなかった。例え公開試合であっても、両選手の体重差が五キロ以上あってはコミッ ショナーは試合を認めないというのだ。

一瞬、あわてた長田は、次の光景を見てほっと胸をなでおろした。

 計量担当者は拳大の石を二、三個ラクチャートのトランクスにおし込み、体重計に乗らせた。

「七十六キロ」 ニッと笑いながら担当者は目盛りを読んだ。

午後六時、長田は東、西、そして富田とともに会場に向った。すでに会場の周りは多くの人達でいっぱいだった。 長田達は逃げるように会場に入る。前座試合はもう始まっている。

選手控室に入りトランクスに着替える。 長田の出番は八時頃になるだろうか。この日の第六試合が長田とラクチャートの 試合だ。

 長田は係員立ち合いのもとでバンテージを巻く。これはソッチラダージムで、たった三日間ではあるが長田と寝食をともにしたタイ人の仲間が巻いてくれた。 手を握ったり開いたり、感触を確かめながらゆっくりと巻く。長田は、自分の手に巻かれる真っ白な布を見つめながら、やっと緊張感を感じ始めた。爆発しそうな程のエネルギーが腹の下にたまってくる。長田は目を閉じて、はやる心を必死で抑えた。

 この後、長田は木製のベットに寝かされ、体中にワセリンを塗られた。そして 日本人ボクサーの富田がマッサージをしてくれる。後は自分の出番を待つだけだ。 椅子に腰かけ、じっと待つ。

 どれだけ待っただろうか。恐しい程、 時間が長く感じた。まるで死刑執行を待つ気分だ。八時二十分、係員が呼びにくる。
 「よし!」

長田は立ち上り、東が日本から持ってきた純白の空手着を身にまとった。 胸の大道塾の文字を見つめる。大きく一回深 呼吸をして長田はリングに向った。