大道無門 東孝コラム7 現代青年考

この対談は『月刊空手道』(福昌堂発行)1985年3月号に収録されたものです。肩書は掲載当時のものです。

過日、 大道塾のビジネスマンクラス (壮年部) で審査会を行なったところ、3人の40歳代の人達が見事挑戦者を相手に闘い抜き(連続組手)、栄えある大道塾黒帯として名を連ねることになった。年齢や稽古量のハンディを情熱でカバーして今日までたどりついたこの3人のファイトは壮絶であり見る者の胸を打たないではいなかった。 3氏とも多忙な仕事をやり繰りしながら6年の歳月をかけ、今日まで稽古を続けてきたのである。

それを考えれば若さも時間もありながら初心を貫けず途中で道場から消えていく若者のなんと多いことか! 私は時おり暗澹とした気 持になる。しかし何もこれは空手の世界に限ったことではないらしい。 そういえば、その日の読売新聞の社説欄で以下のようなことが 書かれてあった。

「来年は (60年) 国連が定めた“国際青年年” であるが、 59年の“青年白書” によると、 世界11ヶ国の18歳から24歳まで、各国千人を対象としたアンケートの結果では、日本の青年が 『甘えの要素が強く (中略) 積極性に欠け閉鎖的である』と指摘されている。 また生きることの目的が 『経済的豊かさ」であるとする者が各国中最も多く、その反対に『社会に尽くす」 が最も低い。さらに「社会に対する満足度は低いくせに『積極的かつ合法的に社会を改良する』 意志も最も低い。そして「社会のことに関わりを持たないようにする』 者は非常に多い」というのだ。 結局その社説では 「21世紀を担うべき我国の青年の意識がこのように消極的で閉鎖的では、これからの国際社会を生き抜くのに大きな弱点だといわねばならない」と結んでいる。

 

 これと似たような話を我が大道塾の佐藤理事長からも聞いたことがある。理事長の知人であり長く日本に滞在していたアメリカ人が先日日本を離れる時、「今の壮年以上の人達の勤勉さが今日の豊かな日本を作った。しかし今の若い世代が日本の舵を取るようになった時は、今の繁栄はないでしょう」と語ったという。

 私もその若い層に属している一人として決して偉そうなことはいえないが、この2つの例を持ち出すまでもなく、 最近の若い層の人達の話を聞いたり、生き方を見ていると残念ながら確かにそう思わざるを得ないようだ。「あまり大きい夢は持たず冒険はしない。他人に干渉せず、されず、自分の生活を第1に考える。余暇を大切にし、苦しくない楽しむスポーツを軽くして美味いものを飲み食いしシャレた音楽でも聞いて休日には気のきいた車にでも乗ってドライブをする」 といったところが現代日本の青年層の一般的な理想の生活ではなかろうか。

 加えるにこれからの世の中は“軽薄短小”でないといけないそうだ。誰がいったかわからないが嫌な言葉だ。 重、 厚、 長、 大では流行にのらないそうだ。本当にそうだろうか。 物質的にはそうかもしれないが人間までがそうだとは私には思えない。やはり人生の目的は重、厚、長、 大に一歩でも近づこうと一生懸命生きるところにあるのではないだろうか。 逆にそういうものを目的としないからこそ、流行に流され、不安に追われ、ひいては「世の中が面白くない」 「生活に張りがない」ということになるのではないか。 これは私の考えである。

現代の青年層がこうなった原因は様々なものが考えられる。 情報洪水、受験戦争、 核家族化等々・・・。 しかし私はこのような社会風潮の中で自ら意志を持ち、空手の道場に訪れる若者を高く評価したい。たとえ “ケンカに強くなりたい”ということが第一目的であるにしろ、その稽古は苦しく長く、苛酷ですらあるからである。 逃げ腰や消極的では決して勝ち抜いていけないのが空手の世界である。だからこそ、彼らに私は、その意志を大切にし稽古を続けて欲しいのである。高く険しい山 を登りきった者だけが味わえる“感動”を一人でも多くの若者と私はわかち合いたいのである。